××× Watch out !×××

momo様 月森×日野

 待ちに待った放課後。香穂子は逸る気持ちを抑えながら音楽室に向かう。
 コンクール後、思ってもみなかった月森からの告白を受け、付き合うことを承諾した香穂子。

 二人の交際歴、2日。
 そう、今日二人は音楽室で待ち合わせ、初デートに出かける約束をしていたのである。
 音楽室の重い扉を押し開いてあたりを見渡せば、扉のすぐ近くの席付近で照れたようにこちらを向き、微笑を投げかける月森の姿をすぐに見つけることができた。

「月森君! ごめんね。待った?」
「ああ、香穂子。急がなくてもいいと言ったのに・・・。走ってきたのか?」
「だって、少しでも早く会いたかったから・・・。」
「香穂子・・・」
「月森君・・・」

 暫し月森と見つめ合っていた香穂子の視線が、スイッと月森の後方に向けられた。
 たちまち曇った香穂子の表情を見て、月森の視線も自ずとそちらの方へと向けられる。
 そして月森も、自らの目に飛び込んできた光景に、思わず絶句した。

 音楽科の女生徒が俯いて泣いていた。そして、その女生徒を気遣うように優しくハンカチを差し出しているのは王崎・・・。
 よせばいいのに香穂子は、思いついた自分の勝手な憶測を、隣で複雑な表情を浮かべる月森に向かって喋り始めた。

「あの子、王崎先輩に振られちゃったのかな?」
「香穂子、勝手な想像でものを言うのは、彼らに失礼だろう。何か事情があるのかもしれないし・・・。」
「うん・・・でもあの子、人目も憚らずに泣くなんて、本当に王崎先輩のこと、好きなんだね・・・。」
「だから香穂子、彼らには彼らの事情が・・・」
「きっと王崎先輩にはもう既に心に決めた人がいて、彼女はその事実を今知らされたのかも。」
「・・・」

 月森は、小さく一つため息をつくと、事の成り行きを見守ることにした。

 と、その時、顔を上げた王崎がこちらの様子に気がついた。香穂子を見るなり満面の笑みを浮かべ、泣いている女生徒そっちのけで、こちらにやって来る。
 近付きながらゆっくりと右手を差し出す王崎は、まるで香穂子のその手をとらんとするかのような格好である。
 そしてそれを見ていた月森の脳内では、香穂子の無責任な想像に後押しされて、あらぬ方向に思考がフル回転し始めていた。

(女性を振る→他の女性の存在→香穂子に向けられた笑顔→香穂子が好き→こちらへ来る→今まさに・・・告白!?)

 これは困ったことになったと、月森は一人焦った。仮にもいろいろと世話になった先輩である。香穂子を譲る気など毛頭ないことに変わりはないが、どうやって断ったものか。波風立てず、傷つけず。うまい断り方はないものかと考える。
 以前の月森であれば、単刀直入に事実関係を述べてお引き取り願うのであろうが、人を好きになるという気持ちを知ってしまった今、それを実行できるほど冷徹にはなれない。

 考えている間にも、王崎はどんどんこちらとの間合いを詰めてくる。

(ああ・・・短時間にいろいろと考えすぎて目の前がかすんできた・・・俺は一体どうすれば・・・)

「あっ、香穂子ちゃんっ!? ちょっとそこを動かないで!!」
「えっ!? う、動かないでって・・・そんなこと言われても・・・」

 きょとんとした顔で月森の百面相と王崎の笑顔を見比べていた香穂子だったが、間近に迫る王崎の突然の要求を聞き、たじろいだ。


パリッ


「そのへんに彼女のコンタクトレンズが・・・」


 香穂子の足元で何かが割れるような小さな音と、王崎の声が聞こえたのはほぼ同時だった。

 しゃがみ込んだ王崎の手が香穂子の足元に伸びる。

(こ、こ、こ、これって私の責任なんだよね・・・コンタクトってお小遣い何か月分出せば買えるんだろう・・・とにかく早く謝らなくちゃ・・・)

「あ、あのっ! 王崎先輩っ!」
「やあ、香穂子ちゃん。誰かに踏まれる前に見つかって本当によかったよ。」
「???」

 王崎はにこやかに女生徒の元に戻っていった。香穂子はホッと胸を撫で下ろした。

「なあんだ。私、てっきりコンタクトレンズを踏んづけちゃったとばかり・・・。気のせいだったんだね。じゃ、そろそろ行こう? どこに出かけようか? ・・・・・・・・・月森くん?」

 振り返った香穂子が見たものは、すっかり顔色をなくし、床に向かって呆けている月森の姿・・・。かすかに震える指先が示す先には、見事粉々になったコンタクトレンズと思しき物体・・・・・。

 先ほど月森が、かすんでしまった視界を取り戻そうと目頭を押さえた時に外れてしまったコンタクトレンズを、一歩下がった香穂子が踏んだのだ。



 本日の初デート。

 行き先は駅前の眼科に決定した。



 予想外の場所での初デートとなったが、それでも月森の胸は幸せでいっぱいだった。
 『転ぶといけないから』と、照れながらも自分の腕に、その細い腕を絡める香穂子が隣を歩いているから。

 帰り道には、自分から手を握って歩こう。そして、他愛のない話を聞きながら笑い合い、いつもよりゆっくりと歩こう。

 そんなことを考えながら二人寄り添い、学院の正門を後にした。




2005.04.16 お預かり
【momo様より】
私、コンタクトはずっとソフトを使っていたので、果たしてハードを踏んだ時本当に「パリッ」なんていう音がするのか分からないのですが、しかも粉々に割れるものなのかも怪しいですが(汗)。 お読みいただけると嬉しいです。


【管理人より】
あはは、かーわーいーいー!(大笑)コンタクト踏まれて茫然自失の月森が可愛くて、読ませて頂いた直後に大笑いでした(笑)
渡瀬も眼鏡派なので、コンタクトの割れ具合は知らないかも。うちの母が姑くの間コンタクトにしてましたが、何度か洗面所で流しかけてました(汗)しかしセレブな月森くんはあっさりとコンタクトを買い替えられていいなあ…(違)
半ば強引におねだりしたにも関わらず、可愛い創作を早速送って下さって、本当にありがとうございました!

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