Like a fairy tale

momo様 加地×日野

 穏やかな空の下、梢のかすかな囁きが聞こえる。白いページにさした影に、ふと顔を上げれば、いつの間にか側に佇んでいた加地が、優しい微笑を湛えながらこちらを見ていた。

「やだ……加地くんったら。来てたなら、声、かけてくれればいいのに」
「木陰で本を読む君の横顔があまりにも綺麗だったから……本当のことを言うと、もう少しの間、君を見ていたかったんだけどね」

 苦笑しながら本を閉じた香穂子の隣に、ゆっくりと腰を下ろす。加地の、たったそれだけの仕草一つにも見惚れてしまう……そんな自分に気付き、香穂子は、微かに染まる頬に気づかれないよう、俯いた。

「ねえ香穂さん、何を読んでいたの?」
「うん……ちょっと、童話をね」
「童話……?童話って、グリムとかアンデルセンとかイソップとかの?」
「そうそう、さっき図書室で見つけたの。ちょっと開いてみたら、子どもの頃に読んだ話がいっぱいで、懐かしくなっちゃって。きれいなお姫様の出てくる話とか、子どもの頃大好きだったなぁ」

 加地は、香穂子の話を聞きながら、膝の上にあったその本を手に取り、ぱらぱらとページをめくっていたが、すぐにその本を木の根元に置くと、おもむろに口を開いた。

「きれいな女の子の出てくるおとぎ話なら、僕も知ってるよ」

 青く高い空を、幸せそうに見上げながら話し続ける加地の言葉に、香穂子はじっと耳を傾けていた。優しく語りかけるような声のトーンが、心地良く耳に入ってくる……

「昔々ある所に、それはそれは美しい娘が住んでいました。娘の美しさは、街でも評判でしたが、その姿以上に人々の心をとらえたのは、娘が奏でるヴァイオリンの音色でした」
「……加地くん、ちょっとストップ」
「何?どうしたの、香穂さん」
「あの、ね……気のせいなら別にいいんだけど、でもなんだか、その話って……」
「ふふっ、続きを聞きたい?」

 はにかんだような困ったような香穂子の表情を肯定と解釈し、加地はそのまま話を続けた。

「その音色を聴き、彼女の虜にならない者などいませんでした。中でもとりわけ、彼女と、彼女の音色に惹かれた若者がおりました。寝ても覚めても彼女のことしか考えられなかった若者は、どうにかして彼女の心を、自分のものにしたいと考えました。そしてある日、若者は……………………」
「若者は……?」

 唐突に訪れた沈黙の続きを急かすように、香穂子は身を乗り出して加地に尋ねた。隣でじっと空を仰ぐ碧い瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。空の色に海の色を混ぜ込んだような、透き通った双眸が、甘くそして優しい色で揺らめいて……いつの間にか、至近距離で見つめ合っていた自分たちに気付いたときにはもう既に、香穂子は加地の腕の中に囚われていた。

「か、加地く……」
「もう一度だけ訊くよ、香穂さん……続きを、知りたい……?」
「加地くんが、教えてくれるなら……」
「若者は、自分の腕の中に閉じ込めた、愛しい娘に尋ねました。“君の心を、僕のものにしてもいいだろうか?”と……。ねえ香穂さん、娘は、なんて答えたと思う?」

 加地は、人差し指でゆっくりと、香穂子の唇をなぞりながら尋ねた。答えを乞われ、桜色の唇は、魔法にかかったかのように自然と言葉を紡いだ。

「娘は答えました。“なぜそんなことを訊くのですか?ずっと前から既に、私の心はあなたのものだったというのに”」
「それを聞いた若者は言いました。“君のその言葉が本当ならば、どうか僕に、その証拠を見せておくれ……”と。さあ香穂さん、今度はここから先の話を、君が僕に教えてくれる番だよ……」

 瞳を閉じれば浮かんでくる夢の続きを、真っ白なページに刻んでいく……
 この耳に残る囁きも、この唇に触れる柔らかな感触も、その何もかもが、おとぎ話よりも甘くて芳しい、自分たちだけの物語なのだから―――




2008.01.27 お預かり
【管理人より】
某所で踏んだ8888番のキリ番記念の作品をいただきました♪ 渡瀬がリクエストしたのは「糖度高めで地日」。意外に自分の周りで地日創作って、見るようで見ないためについついおねだりしてしまいました(笑)
結構恥ずかしい台詞を臆面もなくさらっと吐いちゃう辺り、加地っぽくて何かもぞもぞします、とコメントしたら、作者様に吹かれました(大笑)いやいや、それでこそ加地じゃあないですか。
momoさん、お忙しい中、素敵な作品ありがとうございました!

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