判ってて言ってるの?

東雲さなえ様 月森×日野

 二人で一緒に練習した帰り道。
 通学路を並んで歩く月森の様子が少しおかしいことに香穂子は気づいていた。
「日野。……いや、なんでもない」
 練習が終わった辺りから、何かを言おうとしては思い止まることを繰り返しているような感じがするのだ。
(まさか別れ話とかだったらどうしよう)
 想いが通じ月森と付き合えることになったのは、つい数日前のこと。
 早速別れ話とはならないにしても、言いづらいのは何か悪い話題だからではないかと邪推してしまう。
(もう一緒に練習できないとか?)
 考えないようにしても、次々と悪い方へ思考が沈む。
 そうこうしているうちに香穂子の自宅の前まで着いてしまった。
 このまま別れては香穂子も落ち着かない。夜も眠れなそうだ。
 だから、思いきって香穂子の方から話題を振ってみることにした。
「月森くん。私に何か言いたいことがあったりする?」
 じっと瞳を見つめると気まずそうに月森に視線をそらされる。
「気づいていたのか」
 心持ち頬が赤く見えるのは香穂子の気のせいだろうか。
 ふと息を吐いた月森が香穂子に視線を戻した。
「日野。その……これから君を下の名で呼んでも構わないだろうか」
 意を決したように月森が切り出したことは意外すぎるもので。
「え、うん。もちろん」
 先ほどから言いづらそうにしていたのはそのことだったのか、と少し拍子抜けしてしまう。
(でも良かった。別れようとかもう練習見られないとかじゃなくて)
 ほっと息を吐いた香穂子に、月森も安堵の吐息をこぼし優しく微笑んだ。
 そして。
「ありがとう。……香穂子」
 月森の声が柔らかく自分の名を紡いだ。
「…………っ!」
 ただそれだけで、香穂子は急に全身が熱くなっていくのを感じた。
 ドクドクと心臓が鳴り出す。
 今、自分はきっと真っ赤な顔をしているだろう。
 嬉しいのに恥ずかしくて逃げ出したい。
 名前を呼ばれることを簡単なことだと捉えていた自分は、なんと愚かだったのか。
「香穂子?」
 慌てふためく香穂子の様子を不審に思った月森が、再びその名を呼ぶ。
「ま、待って!月森くん。あの……」
「すまない。どうやら君を不快にさせてしまったようだな」
 勘違いして表情が固くなった月森に、ぶんぶんと首を振って香穂子が訂正する。
「違うの!そうじゃなくて!嬉しいんだけど、は……恥ずかしくて」
「言ってる意味がよく分からないが」
 恥ずかしがってるばかりでは月森には伝わらない。伝えて誤解を解かなければ。
 香穂子は拳を握りしめて勇気を振り絞った。
「だって、大好きな人が大好きな声で私の名前を呼んでくれたんだよ?特別だって言われてるみたいでドキドキしちゃうよ!」
「…………っ!そ、そうか」
 気持ちを吐露した香穂子の言葉に、月森も頬に朱をのぼらせる。
 二人、見つめ合ったまま黙りこんだ。

 自分の言葉に破壊的な威力があることを、判ってて言っているのだろうか。
 いや、絶対に判っていないに違いない。
 互いが互いに対してそう思っていることに、彼らはまったく気づかない。

 息が詰まるような沈黙の果てに、二人同時に相好を崩した。
 引き寄せられるように手を繋ぐ。
「月森くん。もう一度、名前呼んでくれる?」
 呼吸を整えて握った手に力を込めると、同じくらいの強さで握り返してくれる。
 そのことが嬉しくて、香穂子の笑みは深くなる。
「香穂子。……君は俺にとって特別な存在だ」
 月森が名を呼び、そう告げてくれる。
「私も同じ気持ちだよ。月森くん」
 …… 大好き。
 囁くように香穂子が答えると、月森は握った手を引き寄せて、香穂子を強く抱き締めた。




2014.11.26 お預かり
【管理人より】
ご本人は「初々しい感じになった」と言ってましたが、この言うだけ言って互いにテレ合う月日が何とも……!
名前呼びイベントはいいですよね!そんでもって、月森の中の人に名前呼ばれると確かにヤバい感じが(笑)

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