目の前は万華鏡をひっくり返したようなきらびやかな世界。
羽根の生えた天使が舞い飛び。
様々な楽器の音が鳴り響く。
時には明るく快活に。時には甘く切なく。
志水は音色に耳を傾けながら目の前の光景に魅いる。
天上世界というのはこういうものをいうのだろうか。
けれどなぜだろう。
この世界をとても寂しく感じるのは。
とても大切な何かが足りない。そう感じてしまうのは。
「おはよう。志水くん」
「香穂……先輩?」
横たわる自分の隣で譜読みをしている香穂子を志水は眩しそうに見上げる。
「志水くん。よく寝てたね。何か良い夢でも見ていたの?」
ふわりと髪に触れてくる優しい手つきに志水の胸に喜びが湧いてくる。
「あ……」
また新しい音が生まれた。喜びに満ち溢れた音が。
そうか、と志水は得心する。
足りなかったのは香穂子の存在だ。
先ほどの夢に出てきたあの世界は、綺麗で志水を確かに楽しませたけれど、ただそれだけだった。
喜びも悲しみもないあの世界では、志水の内側から新しい音色は生まれない。
なぜなら志水の心を揺さぶるのはいつだって香穂子なのだから。
「夢を見ていました」
香穂子を見上げながら志水がぽつりと呟く。
「夢の中はとても綺麗でした。だけど寂しい場所でもありました。香穂先輩。あなたがいなかったから」
どんなに美しい世界でも香穂子が、彼女が奏でる音色がなければそれは色褪せ意味をなさないのだと志水は再認識する。
香穂子という存在が志水を満たして潤してくれるのだ。渇いた土に水が染み込むように。
この感情が恋からきているのならば、恋とはなんて心を豊かにしてくれるものなのだろう。
喜びも愛しさも切なさや嫉妬のような感情も、全てが凝縮されて。そしてなんという多彩な動きを心にもたらすのか。
香穂子を想うだけで嬉しくて幸せで。いないと寂しくて切なくなる。
その感情すべてが志水の音楽に繋がっていく。まるで音楽の祝福がもたらす奇跡のように。
だから。
「香穂先輩」
香穂子の手を取り。
「あなたと出会って僕は恋を知りました」
瞳を見つめて。
「僕のミューズ」
大切なこの想いを伝えたい。
「僕はあなたのことが大好きです」
心の底から溢れる想いを受け取った香穂子は頬を紅潮させると、何よりも綺麗な笑顔で嬉しいありがとう、と告げた。
ただ、それだけで。
志水の中でまた新たな音色が生まれる。
そうして繰り返される時間は、なによりも大切でかけがえのないものだと。
夢ではない確かな現実で、志水は実感したのだった。
2014.11.24 お預かり
【管理人より】
志水の世界って独特だなあと改めてこれ読んで思いました。どのキャラにも言えるけど、志水から見た香穂ちゃんにもだいぶフィルターかかってそうだな(笑)