「もっと。」

東雲さなえ様 王崎×日野

 王崎は常日頃とても忙しい。
 大学の講義に加えて、ボランティア、アルバイト、オケ部の指導を行い、誰かに頼まれれば助っ人をしたりもする。
 香穂子も香穂子で、吉羅からの依頼でコンミスになったり、文化祭などの行事でアンサンブルメンバーたちと合奏したり、なんだかんだと忙しくしている。
 そんな二人の会える時間といえば、ごくごく限られていて。


「あー……。王崎先輩が足りない。もっと会えたらいいのなぁ」
 思わず心が駄々漏れる。

 もっと会いたい。
 もっと一緒にヴァイオリンが弾きたい。
 もっと触れたい。
 もっと、もっと。
 ねだり始めると際限がなくて。
 そんな自分が香穂子は怖くなる。

 だがそんな我が儘言って王崎を困らせたくはない。
 ただでさえ忙しい合間を縫って香穂子と会ってくれているのだ。負担になりたくはなかった。

「私って重たい女なのかな」
「何言ってんの?好きになったら誰でもそんなもんでしょ。むしろ香穂はもっと欲張った方が良いと思うよ」
 思わず吐露した心の声を、天羽が拾って返してくれた。
「言いたいけど言えないよ。負担になりたくないもん」
 香穂子はそう呟いて机に突っ伏す。
「あの王崎先輩に限って香穂を負担に思うなんてこと、ないと思うけどねえ」
 香穂子もそう思う。
 おそらく王崎は香穂子が弱音を吐いても、笑って受け入れてくれる。王崎は優しい人間だから。
 だからこそ。
「やっぱり言えないよ。これは私の我が儘だから」
「香穂……」
「愚痴聞いてくれてありがとう。天羽ちゃん」
「そんなのいつでも聞くよ!何て言ったって親友なんだからね!」
 そう言ってくれる親友の存在が本当にありがたいと香穂子は思った。

 次の日。
 授業が終わり、さて今日はどこで練習しようかと思案していると、突如携帯が鳴り出した。
 見ると王崎からの着信で、香穂子は慌てて電話に出る。
「香穂ちゃん?王崎だけど。これから会えないかな?」
 突然誘ってごめんね、と謝罪する王崎に大丈夫ですと返事をして、待ち合わせ場所を確認した。
 すぐ行きますと告げ電話を切って。
 香穂子は足早に学校を後にした。

「急に呼び出してごめんね」
 大学のカフェテリアで王崎と落ち合う。
 電話では話しているけれど、こうして会うのは久しぶりだ。心が自然と浮き足立つ。
 飲み物を注文して、向い合わせで腰を掛けた。

「香穂ちゃん。最近無理してない?」
「え?どうしたんですか、急に」
 王崎がいきなりそう切り出したので、香穂子は目を丸くする。
「天羽さんから、香穂ちゃんが悩んでるって聞いたんだ。俺にしか解決できないって言ってたんだけど……。俺で何とかできることなら、話してくれないかな」
 香穂子を心配した天羽が、王崎に連絡を取ってくれたらしい。
 親友の計らいに、しかし香穂子は複雑な気持ちになる。
 本当に伝えてしまっても良いのだろうか。

「香穂ちゃん」
 黙りこむ香穂子に王崎は優しく微笑みかけると、香穂子の瞳をじっと見つめた。
「一人で悩まないで欲しいんだ。君が困ってる時はいつだって力になるよ。だって俺は君の恋人なんだから」
「王崎先輩……」
「思ってること、全部聞かせてくれる?」
 王崎にそう言われてしまったら断れるわけがない。
 香穂子は心の中で白旗を挙げると、とつとつと己の心の内を語り出した。

「私、欲張りなんです。王崎先輩が好きになるほどもっと会いたくなる。もっと一緒にヴァイオリンを弾きたいし、手を繋いで歩いたりもしたい。もっと先輩に近づきたい。触れたいし、触れて欲しい」
 一息に言い放って、小さく溜め息を吐く。
「……でもこんなの私の我が儘だから。王崎先輩忙しいのに。無理言って負担になりたくないのに。……こんな風にもっとって思ってるの、私だけかも知れないのに」
 ……だから言えなかったんです。
 香穂子は俯くと、ぽつりとそうこぼした。

 本当はずっと不安だったのかもしれない。
 会う時間が少なくて自然消滅するカップルもいると聞く。
 自分たちは大丈夫。そう思っても未来に対して何の保証もない。
 香穂子が王崎のことを好きでも、王崎はいずれ香穂子のことを……。
 そんな風に考え出したら切りがなくて、思考は悪い方向にループした。

「ごめんなさい。王崎先輩」
 肩を落として香穂子が謝罪すると、
「謝るのは俺の方だよ。君をそんなに不安にさせていたなんて。恋人失格だな、俺は……」
 王崎が眉根を寄せて悲しげな顔をした。
 目を瞑り、一呼吸置くと、毅然とした表情で言葉を紡ぐ。
「香穂ちゃん。聞いてくれるかい?俺も君と同じ想いなんだ。君とずっと一緒にいたい。……君に、もっと触れたいと思ってるんだよ」
「……本当に?」
「勿論だよ」
 王崎は大きく頷いた。
「俺たちは、もっと一緒にいる時間を作るべきだったんだね。これからはちゃんと会おう」
「でも王崎先輩、忙しいのに……」
「それでも、だよ。俺にとって君は、決して失えない特別な存在なんだ。君のために時間を割くのは俺のためでもあるんだよ」
 王崎は手を伸ばすと、テーブルの上に置かれた香穂子の両手をとった。
 そのまま包むように握りこむ。

「会いたい時は駆けつける。出掛ける時には手を繋ごう。一緒にヴァイオリンも弾こう。それでも寂しくなったなら、君を強く抱き締めるよ」

 ゆっくりと。
 言い聞かせるように、王崎が言葉を続ける。

「だから、もう我慢しないで。何でも言って欲しいんだ。俺は、君のことが大好きだから」

 王崎が手を握る力を強くする。
 気持ちさえも流れ込んでくるような力の強さに、香穂子の心は大きく震えた。

「はい……。はい、王崎先輩」

 王崎の言葉が染み入り、心を軽くする。
 それと同時に、香穂子の双眸から涙が零れ落ちた。


 この先も、二人一緒にいるために。
 どうか、君の声を聞かせて欲しい。
 もっと、もっと、たくさんの声を。




2014.11.29 お預かり
【管理人より】
王崎のこのお題は、足りないお題をツイッターの診断メーカーで拾ったものでして、くじ引きやった時に「一番書きにくそうなキャラのとこに行っちゃったなあ(欲がなさそうだから)」とか思ってたものだったりします。他の人が書いてくれて良かった(笑)
まあ、香穂子と王崎らしい奥ゆかしい欲求ですよね(笑)
それにしても、どこの天羽ちゃんも香穂子大好きですね……(笑)

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