見つめる先のきみは

東雲さなえ様 衛藤×日野

 初めて香穂子を目にした時、なんて楽しそうにヴァイオリンを弾くんだろうと思った。
 演奏は稚拙で決して上手いとは言えない。
 けれど楽しそうに弾くその姿が、なぜだかとても可愛く見えた。
 その印象は、彼女をよく知った今でも変わっていない。


「アンタ、演奏してる時はホント可愛いよね」
 一曲弾き終わった香穂子に、衛藤がおもむろに声をかけた。
「な、何言いだすの?急に」
 顔を真っ赤にして動揺する香穂子を見て、にやりと笑う。
「訂正。演奏してない時でも十分可愛い」
「衛藤くん!もう冗談ばかり」
 恥ずかしさに耐えられなくなった香穂子が頬を膨らます。そんな様子もやはり可愛いと思ってしまうのは彼女に恋する男の欲目だろうか。
「あとさ。ホントに楽しそうに弾くよな。ヴァイオリン」
 誰の目から見ても分かるほどに。
「うん!楽しいよ」
 先ほどのむくれ顔から一転、香穂子は輝く笑顔で頷く。
「アンタ見てると、ヴァイオリンが好きなんだなってことがよく分かるよ」
「大好きだよ、ヴァイオリン。今はヴァイオリンを弾いている時が一番楽しいの。もっと練習して上手くなりたいよ」
 そう告げる香穂子の顔は幸せそうに微笑んでいて。衛藤は思わず眉根に皺が寄りそうになる。
 ヴァイオリンに嫉妬などカッコ悪いことにはなりたくない。
 一瞬芽生えかけた感情は見ない振りをして、衛藤は小さく溜め息を吐いた。
「ま、無理しない程度に頑張れば。俺がみてるからには上達してもらわないと困るし。アンタも暁彦さんのムチャ振りに応えなきゃならないんだろ?」
 衛藤の従兄弟であり、星奏学院の理事長である吉羅暁彦の依頼は、スケジュール的に無茶なことが多い。
 吉羅も香穂子ならこなせると思うからこそ依頼するのだろうということは分かるが。
 それを加味した上でも、香穂子はその期待によく応えていると衛藤は思っている。
「今の演奏悪くなかった。中盤のピィツィカート、もっと意識して弾いてみて」
 頷いてもう一度同じ曲を香穂子が奏でる。
 指摘したところはすぐに改善されていた。

 好きこそものの上手なれ。
 まさしく香穂子はそれを地でいっていると衛藤は思う。
 出会った当初に比べて香穂子はずいぶん演奏が上手くなった。
 衛藤が練習を見ているのだから当たり前ともいえるが、一重に香穂子の努力の賜物だといえる。
 ヴァイオリン経験が浅い分、香穂子はヴァイオリンと出会っていなかった過去の時間を取り戻そうとするかのように練習に励む。
 しかも彼女にとってはそれが苦にならない。
 色んな人からのアドバイスも進んで受け、吸収できることは全て余さず吸収する。
 だから上達も早いのだろう。

「上手く弾けてたじゃん。注意したとこ直ってたよ」
「ありがとう。衛藤くんのおかげだよ!」
 香穂子が本当に嬉しそうに笑う。
 彼女が喜ぶ一旦を、自分が担っていることを素直に喜ぶべきだろう。
 けれど。
(それでもやっぱ妬けるかな)
 香穂子の心を捕らえて離さない、自分にとっても大切なヴァイオリンという存在に。
 その楽器から奏でられる音色こそが、衛藤を捕らえて離さないことが分かっていながら。

 衛藤とは違う、優しい音色。
 素直で明るくのびやかで。
 誰かの心に寄り添うように。
 柔らかく奏でられる音色に、魅了されてやまない。
 だから。

「香穂子」

 衛藤は、恋願う。

「もっと弾いてよ。アンタの演奏、もっと聴いていたい」


 見つめる先の彼女は、変わらず楽しそうにヴァイオリンを弾く。
 変わったことがあるとすれば。
 上達した彼女の音色と。
 香穂子を好きになった自分の気持ちだけ。




2014.11.28 お預かり
【管理人より】
ご本人が「珍しく片恋」って送ってこられたんですが、ライバルはヴァイオリンだったという(笑)大丈夫、両想い推奨、揺らいでないよ!(笑)
香穂子もですけど、さなえさんちの衛藤が可愛いなあと思ったり。終盤でワンコ属性の片鱗を見た(笑)

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