親友の支倉ニアからそう聞いたのは全国学生コンクールが終わってしばらく経った頃。
報道部であるニアは情報通で、時折菩提樹寮のかなでの部屋にわざわざ足を運んでは世間話をしていく。
今回の話題の主はかなでの幼馴染みである如月響也の噂話だった。
「響也、意外ともてるんだ」
「なんだ。もっと慌てるかと思ったんだが。本妻の余裕か?」
「本妻?」
きょとんとするかなでに、ニアは思わず小首を傾げる。
「付き合ってるんだろう?如月弟と」
「えぇ?まだそんな状態じゃないよ?」
両手を振って否定するかなでにニアは目を丸くする。
「は?てっきりとっくに付き合ってるものだと思っていたぞ」
拍子抜けした表情でそう呟いたのち、ニアは肩をすくめた。
「コンクールが終わってからあいつに告白する女子は目に見えて増えたぞ。君がそんな調子じゃあ、いずれ如月弟にも彼女ができるかも知れないな」
それを聞きかなでは思わず俯いた。ベッドに腰かけ足をブラブラさせる。
「やっぱりそうなのかな……」
そんなかなでの様子にニアは小さく溜め息を吐く。
「本当に分かっているのか?小日向。如月弟に彼女ができたら、奴の隣に君の居場所はなくなるんだぞ?」
無言でニアを見つめたかなでの顔から表情が消えた。顔色もみるみるうちに青くなっていく。
「おい。小日向どうした?顔色が悪いぞ。まさか今さら気づいたのか?君はつくづくマイペースだな」
ニアは微笑むとドアに預けていた体をずらした。カチャリと開け人一人通れる隙間を作る。
「ニア。ごめん。私、響也のところに行ってくる!」
その隙間を通り抜け、かなではニアの返事を待たずに部屋を飛び出した。
「……まったく我が親友は世話が焼ける」
走り去る背中を見送ると、ニアは瞳を閉じて微笑んだ。
「いた」
階段をかけ降りると、ダイニングでちょうど麦茶を飲み干した響也の後ろ姿が目に入った。
「響也。告白されたって本当?」
その背に直球の質問を投げかける。
「だぁ!?かなで!?」
いきなり背後から声をかけられ響也はコップを取り落としそうになる。そっとシンクに置いて慌てて振り返った。
「なんだよ急に!つか、なんで知って……。さては情報源は支倉だな。余計なこと言いやがって」
「余計なことなんかじゃないよ!返事はしたの?つ、付き合うの?」
「かなで?どうしたんだよお前。いきなりそんなこと聞いたりして」
かなではマイペースだが律のように空気が読めないわけではない。今までデリケートな話題にあえて触れてきたことはなかったのに。
「……嫌なの。響也の隣にいるのが私じゃなくなるの」
「は?」
俯いて小声で呟いた言葉に響也が目を丸くする。
そんな些細な反応すら気になって、かなでは拳を握りしめる。
だって今まで傍にいるのが当たり前すぎたのだ。
星奏学院に転校する時だって一緒に来てくれて。
いつだってかなでの隣には響也がいてくれた。
大切な幼馴染みとして隣にいられる。ただそれだけで良かったのに。
いつからだろう。隣にいるのが自分でなければ嫌だなんて思うようになったのは。
コンクールを通じて響也が変わったように、かなでの心も自分でも気づかぬうちに変わっていたのだ。
「響也。あのね。今さらって思うかも知れないけど、私ね。響也のこと……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て!かなで!」
響也が片手を前につきだしてかなでの言葉を塞き止める。
「落ち着け!そんでもって、そこから先は頼むから俺に言わせてくれ!」
「響也?」
響也を見上げたかなでの瞳に光るものが見てとれて、響也はうっと言葉に詰まる。
「えーとだな。……あーもう!」
ガシガシと頭をかき、ひとつ咳払いした響也は、かなでに真っ直ぐ向き合い肩に両手を乗せる。
「好きだぜ、かなで。ガキの頃からずっと。お前だけが好きだ」
照れ臭さに頬を紅潮させ眉根を寄せながら響也がはっきりと告げる。
「だから告白は断った。お前がいるのに、好きでもない女とは付き合えねーだろ?」
直後、かなでは体から力が抜け、へなへなとその場に崩れ落ちた。
「そっか……」
両手を床につけて俯くと、ぽつりと言葉が漏れる。同時に目からもぽつりと雫が一粒零れた。
「かなで!大丈夫か!?」
響也が膝をついてかなでの華奢な体を支える。
「安心したら、力が抜けちゃったみたい」
そう呟き、かなでは笑った。
あからさまにほっとした表情をした響也は、かなでの目元を親指の腹でぐいっと拭い、つられたように笑う。
「お前なぁ。頼むからあまりびっくりさせんなよ」
かなでに振り回されるのには慣れているとはいえ、心臓に良くないことは極力避けたいのは事実だ。
「ごめんね響也。それからありがとう。私も響也のこと大好きだよ」
嬉しそうに笑うかなでをそっと引き寄せ、響也はその胸に閉じ込める。
「響也。私の恋人になってくれる?」
響也の背に腕を回しぎゅうっと抱き締めると、それ以上の力で抱き締め返された。
「俺は昔からずっと、お前だけのもんだよ」
耳元で呟かれた言葉は、ぶっきらぼうだけど優しくて。
かなでは目眩がするような幸福感に包まれる。
誰よりも近くにいてくれた大切な幼馴染み。
そして、恋人となってくれた大切な人に向けて。
かなでは、眩しいほどの満面の笑みを浮かべ頷いた。
2014.11.25 お預かり
【管理人より】
実はこの創作、渡瀬の投稿したものと結構被ってたんですが、さなえさんの名誉のために言っておきますが、全くの偶然です。むしろ書き始めは渡瀬が遅い。
LINE友でもあるので、執筆状況がお互いに丸わかりだったとか言う(今誰々書いてる~とか報告してました)。そういうことで、逆の意味で我々の思考(嗜好でも可)の被りっぷりが恐ろしいです(笑)