強風が窓に映る木々を大きく揺らす。
降りしきる雨粒がその先の景色をけぶらせてすっかり隠してしまっていた。
「予定通りこのまま通りすぎてくれると良いのだけど……」
ガタガタ揺れる雨戸に目をやりながら、八木沢は吐息混じりにそっと独りごちる。
テレビでずっと流れている台風情報が耳を撫でるように通りすぎていく。
繰り返される予報では、今夜のうちに日本列島を通りすぎ、海上で温帯低気圧に変わるとのことだが。
それでも交通は乱れるに違いない。
八木沢は机の上に置かれた紙を手に取り視線を落とす。
横浜行きの新幹線のチケットだ。
明日、八木沢は1ヶ月ぶりに恋人である小日向かなでの元を訪れる。
このタイミングで台風に見舞われるとは。
運がないと苦笑を禁じ得ない。
ふいに、携帯電話の着信音が部屋の中で響いた。
画面を見なくても誰からかかってきたか分かる。
相手の顔を思い浮かべながら八木沢は電話を取った。
「八木沢さん。こんばんは!今大丈夫ですか?」
「こんばんは小日向さん。はい大丈夫ですよ」
電話ごしに弾むように響くかなでの声に思わず笑みがこぼれる。
定期的に電話で話しているのに懐かしい気分になるのは、毎日顔を会わせていられた菩提樹寮での日々が八木沢の中で鮮やかに息づいているからだろうか。
「台風、仙台まで来てますか?」
「そうですね。今ちょうど暴風域に入ったところですから、明日の朝には通りすぎていると思いますよ」
「新幹線もきっと動きますよね」
「ええ。きっと」
明日になれば電話ごしなんかじゃなくて、直接顔を見て話せるだろう。
「八木沢さん。私、てるてる坊主を作ったんです。窓枠いっぱいに」
「え?」
「響也にはそんなことしなくてもどうせ晴れるだろって言われちゃったんですけど。でもどうしても明日天気になってほしかったから。ひとつひとつ想いをこめて作りたかったんです」
一生懸命てるてる坊主を作る彼女の姿を想い浮かべ、胸の奥に温かな気持ちが宿る。
「ありがとうございます。小日向さんの手作りなら効果てき面ですね。願いはきっと天に届くと思います」
明日はおそらく台風一過で暑くなるだろう。
まるで今年の夏のように。
そう。この夏の、焼けつくような暑さをはっきりと覚えている。
うだるような日差しも、菩提樹寮の庭に咲いた向日葵やテッセンの花々も。
全力を出し切った達成感、晴れやかさ、敗けて噛みしめた悔しさ。その後訪れた希望、未来、感じた様々な感情。そのすべてを昨日のことのように思い出す。
そして何よりも、誰より大切に想える彼女に出会えた奇跡を。
「明日はきっと晴れます。そしたらまた一緒に街を巡りましょう。季節は変わりましたが、夏とは違った風景の中で……かなでさん。あなたと新しい思い出を作っていきたい」
この夏に巡った様々な場所を、季節は巡り景色が変わっても二人で新たに巡ることができる。その幸福に感謝をこめて。
「はい。……雪広さん」
かなでが恥ずかしそうに、でもはっきりと自分の名を呼ぶ。
そのことが八木沢の胸をじわりと熱くさせる。
早く彼女に会いたい。
きっと笑顔で八木沢のことを出迎えてくれるだろうかなでのことを想い、八木沢はふわりと柔らかく微笑んだ。
2014.11.24 お預かり
【管理人より】
このお話を読んで、八木沢とかなでちゃんはものすごく純朴なカップルになるんだ!と気が付きました。
てるてる坊主作っちゃうかなでちゃんも可愛ければ、それをあっさり喜んじゃう八木沢も可愛い(笑)
呆れてる響也の顔が目に浮かぶ(笑)