箒星別館

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目覚めの朝

『暁のヨナ』ハク×ヨナ ※事後設定

 腕の中に、ひどく大切なものが存在する。
 触れられるほど近いのに、手が届かないくらい遠くて。
 捕らえ捕われているのに、決して自分だけのものにはならない。
 壊れそうに儚いのに、決して消えてしまわない強く鮮やかなもの。



 閉じた瞼の奥にまで光と熱が届いて、眩しさに顔を歪めつつ、そうっと目を開く。
 窓を覆う日除けの布の隙間から差し込んだ朝の光が寝台の上に細い線を伸ばし、顔の上に一筋の軌跡を描いていたのが分かった。
 朝か、と声にならない言葉を呟き、日差しを避けるために無意識に腕を上げると、身を覆っていた掛布が滑るように動いて、突然視界が鮮やかな暁の色に染められる。
 目を見開いた後にひとつ緩慢な瞬きをし、ハクは片方の手のひらで顔を覆いながら、大きな溜息をつく。一瞬強張った身体の緊張を解き、寝台に身を沈ませた。
(……そーでした)
 寝台にはハク一人ではなく、もう一人分の存在がある。
 眠っている間中、ハクの腕の中に捕われていた、ハクが己の命よりも大切にする存在。
 それがいまだにハクの腕の中で、規則正しい穏やかな寝息を立てていた。

 昨夜の出来事は、思い返してみても詳細が浮かんでこない。余韻を味わう間もなく性急に求め合ったせいだ。もったいないと心の中で零しながら、そういえば眠りに落ちる寸前の二人の会話が腕枕をして寝るかどうかだったことを思い出した。
 それも一つの浪漫だなと考えたハクに対し、彼女は遠い過去の古傷のことを持ち出して、無理をするのは絶対に駄目だと譲らなかった。結果として、ハクの腕を枕にすることはなく、それでもハクの意見を受け入れて、彼女はハクの胸に額を押し当てるようにして、その腕の中で眠りについていた。
(できるならこのまま、一日のんびりこの寝顔を見てられれば、言うことねえんだけど、そういうわけにもいかねんだろな……)
 誰に言うでもない愚痴を心の中で呟きながら、ハクは赤く癖の強い髪をそっと撫でてみる。小さく身じろぎをしながらも起きる気配のない彼女に頬を緩めながら、その耳元に唇を寄せ低く囁いた。
「……姫さん、ぼちぼち起きましょーか。朝ですよー」
 主と従者という関係が変わっても、旅を続ける構図はこれまでと変わらない。
 宿を取るときには皆が気を利かせて二人を同じ部屋にしてくれるので、ある程度のことは彼らにも織り込み済みではあるが、特に緑龍に対してはハクをからかうための材料を迂闊に与えたくはない。
 至福の時を出来る限り長く続けたい気持ちはあれど、彼らがこの部屋に自分たちを迎えに来る前にはきちんと身支度を済ませておかなければならない。
「……ん」
 細いむき出しの肩を軽く揺さぶってやると、小さく呻いたヨナがゆるゆると瞼を持ち上げる。
 焦点の合わない目で周りを伺い、ハクをその目に捉えて小さく首を傾げる仕草は、ひどく愛らしかった。
「……ハク?」
「目が覚めました?」
「ん……」
 肯定なのか否定なのか判断のつかない呟きを漏らしながら、ヨナが緩慢な動作でむくりとその場に身を起こし、ごしごしと手の甲で目元をこする。
 ……一連のヨナの行動を真顔で眺めた後、ハクは困ったようでいて……どことなく嬉しそうな複雑な表情で、横たわったまま枕に頬杖をついた。
「……まあ、姫さんが普段の俺の功績を称えて褒美をくれるっつーことで、ありがたく目の保養させていただきますけど、あまりにも警戒心なさすぎじゃないですか?」
「何、言って……」
 言いかけて、何気なく視線を下に下げたヨナの動きがぴたりと止まる。
 次の瞬間、一気に目が覚めたヨナは「分かってるなら止めなさいよ!」と怒鳴りながら、もう一度掛布の中に潜り込んだ。

 そう。……ヨナもハクも、その身には何も着けていない。
 宿の窓から差し込む陽光に照らされて、ヨナの白い肌も、その身に数えきれないほどに焼き付けられたハクの刻印も、全てがハクの目前に晒されていた。
「だって、止める間もなかったでしょうが。……それに、今更じゃねえの?」
 もう何も知らない場所がないほどに、ハクはヨナの身体の全てを知っている。
 それこそ、ヨナ自身が知らない場所ですら、開かせたハクだけは目にしているというのに。
「そ、そういうのを、いちいち口に出して言わないで!」
 完全に目が覚めたヨナが、真っ赤になってハクの口元を掌で押さえる。
 小さく笑うハクが、そのヨナの片手を取り、掌の真ん中に音を立てて口付けた。
「どうして姫さん、素面に戻ると、いちいち口喧しいんすかね。……最中は素直で従順で可愛いんですけどねぇ。……例えば」
「やめてやめてー!! 言わないでってば!!」
 じたばたと腕の中で暴れるヨナをぎゅっとハクが抱きしめて落ち着かせる。
 「冗談ですって」と背中を撫でつつなだめると、ようやくヨナが暴れるのをやめた。
「……ホント、このままいつまでも姫さんと遊んでられたら楽しーんですけど、そういうわけにもいかないですしね。ぼちぼちユンくんと四龍たちが迎えに来るでしょうから、支度しましょうか」
「……うん」
 今度は間違いなく肯定の意志を持って、ヨナが頷く。
 だが、やれやれ、と仕方なさそうに起き出そうとしたハクの胸に、ヨナがぎゅっと縋り付いてくる。
「……姫さん?」
 訝しげにヨナの顔を覗き込むハクを上目遣いに見上げ、少しだけ拗ねたような表情でヨナが小首を傾げる。
「……支度をする前に。『二人きりの時は』ってお願いしたこと、あったでしょう?」
 ヨナの問いに一瞬呆気にとられたハクは、彼女の意図を理解して、苦笑する。

 お前だけは、私のことを姫と呼んで。
 私がイル国王の娘だったこと、お前だけは忘れないでいて。

 遠い過去の約束に加えて。
 想いを交わした日に、もう一つ願った約束。

 だけど周りに誰もいない、二人だけの時は。
 私のことを姫と呼ばないで。
 主と従者としてではなく。
 一人の人間として。
 ……お前の恋人として、私のことを呼んで。

 だから他には誰もいない、二人だけの目覚めの朝には。
 言葉づかいも全て二人だけの仕様に改めて。

「……おはよう、ヨナ」
 目線を揃えて、その柔らかな頬に触れて、低い声で微笑んだハクが告げる。
 嬉しそうに微笑み返し、触れる大きな手に指先を添えて、ヨナが応じる。
「おはよう、ハク」

 そして、そっと触れ合うだけの柔らかな口づけから。
 また新しい一日が始まる。
目覚めの朝

2015.01.21 執  筆
2015.07.05 加筆修正


【あとがきという名の言い訳】
ヨナでどの程度まで話を書いていいのかが分かっていなかったので、
手探りで程度を伺っていた話ですね(笑)今も分からないけどねー!
モチーフにした曲が同じなので、コルダの月日でも同じような話を書いています。
単純にハクヨナバージョンとか思って書いてました。
完全に趣味に走った話の割には、何だか好評だったような気もします。
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