箒星別館

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褥の中で

『暁のヨナ』ハク×ヨナ

「さて、と」
 ぱんぱん、と掌を打ち鳴らして埃を払い、徐にユンが仲間たちへと向き直る。
 今夜の野営の準備を一通り終えた仲間たちが、応じて一斉にユンに視線を向けた。
「今日はここに泊まるわけだけど、知ってのとおりここは国境近く。しかも戎帝国との小競り合いは増えていて、こんな時期にここに宿を設営するのは、実際は危険極まりない」
 それでも宿を取るほどの路銀はなく、治安がマシな地域に移動する時間もない。とどのつまり、ここで野営することは避けようがなく、危険であるならば己の身は己で守るしか術はないのだ。
「……そんなわけだからさ、今日はヨナと雷獣は一緒の天幕で寝て」
 ユンの宣告に、あからさまな三つの反応があった。
 ヨナは何故か頬を赤らめて俯き、その傍らでハクは仰々しい大きな溜息を付く。
 そして物言いたげにニヤニヤと笑みを浮かべるジェハの頭上に、一瞬の隙をついて空を切る鋭い音が振り下ろされた。
「……何笑ってやがんだ、タレ目」
「いやあ、別に。ただ、心底君が気の毒だと思っただけだよ、ハク」
 ハクが振り下ろした大刀の切っ先を龍の力を宿した片足で受け止め、ジェハは緩む口元を手の甲で隠す。……もっとも、言葉尻が微かに震えていて、その笑みは隠しようもなかったのだが。
「せっかく恋仲の二人が同じ天幕の中で休めるっていうのに、僕らがすぐ側の天幕にいたんじゃヤリたいことは何もできないもんねえ。ほんっとにハクって不憫」
「やりたいこと……?」
「深く考えんな白蛇。……てかタレ目、てめえに憐れまれる必要性はこれっぽっちもねえよ。全く、こういうことが初めてってわけでもないってのに、いちいち過剰に反応してんじゃねえよ」
 ジェハの言葉に真面目に首を傾げるキジャの頭を軽く小突き、不機嫌極まりない表情でハクが呟いた。
 この地点に野営をしなければならないということで、天幕に振り分けられる人物の組み合わせはあらかた予測していた。そのため、野営の準備を始めた時に困った様子のユンにこのことを耳打ちされても、ハクは特に何も思っていなかったのだ。
 ……ただ、ジェハの予想通りのこの反応を想像すると、多少頭が痛かっただけで。
「はいはーい、じゃれ合いはそこまで。……ヨナと雷獣がそういう仲だからこそ、他の四龍をヨナと一緒にするわけにいかないんでしょ。分かったならさっさと食事の支度始めるよ。夕飯食いっぱぐれてもいいの?」
 ユンがきびきびを場を取り仕切り、座っていた仲間たちを促す。素直に食事の支度のために立ち上がった四龍たちの中で、いそいそとジェハがハクの傍に歩み寄り、その肩に手を乗せて耳元で囁いた。

 ……蛇の生殺しもいいとこだね。ご愁傷様。

 本人が気付いているのかどうかは定かではないが、彼の中にあるヨナへの想いを知っているからこそ、多少の暴言は寛大な心で許してやろうと、常日頃ハクは思っている。
 だが慈悲の心と己の心の不快感は、ハクの中では別の位置に存在するものなので、ハクは不快感が促す衝動に躊躇いなく従った。
 ジェハの顔面に容赦なく肘鉄を食らわせておいて、ハクは何食わぬ顔でユンの夕食作りの手伝いのために大刀を側の樹木に立てかけておく。
 彼は盛大に鼻血を吹いていたけれど、何故か恍惚の表情を浮かべていたので、放っておいていても特に問題はないだろう。


 一通り辺りを見回り、異常がないことを確認したハクが天幕に戻ると、狭い天幕の中心に、ぽつねんとヨナが座り込んでいた。てっきり先に横になっていると思っていたハクは、訝しげに眉根を寄せつつ、大きな身体を折り曲げるようにして天幕の中に身を滑らせる。
「姫さん、別に俺を待ってなくて先に寝てしまってよかったんですよ。明日も早いですし、さっさと横になってください」
 ハクは天幕の端に無造作に積み上げてあった掛布を取り上げ、ヨナを促した。
 のろのろと、どこかぎこちない動きでヨナがその場に横たわる。ハクは心持ちヨナの方にゆったりと掛布がかかるように調整しつつ、その傍らに同じように並んで横になった。
「……ねえ、ハク」
 こちらを向き、ぎゅっと身体を縮めたヨナが小さな声で呼びかける。向かい合う姿勢で、ハクがそのか細い声を拾うべく、片肘を付いてヨナの口元に耳を寄せた。
「何ですか? もしかして寒いんですか?」
 尋ねると、ヨナはふるふると首を横に振る。あの、と口ごもりながら、ほんのりと頬を桜色に染めたヨナは、視線を伏せながらハクの着物の胸元を、指先できゅっと握り締めた。
「あの……、本当に、今日は、何もしないの?」
「………………」
 ヨナの可愛らしい問いに、己の何かが試されているのをハクは感じる。
 蛇の生殺しと言った昼間のジェハの言葉が頭の中を駆け巡った。
 ……イッタイコレハナンノゴウモンナンデスカ。

「……何も、しませんよ」
 しばしの沈黙の間に己の中の様々な葛藤に折り合いをつけ、深い溜息と共にハクは告げる。
 どこか不安げに自分を見つめるヨナに、苦笑して肩をすくめる。
「ご心配なく。あんたがどうのこうのじゃなくて、こういう状況で理性を失うほどヤワな精神力はしてませんってことですよ。……過去を振り返って、どれだけあんたと一緒に寝る機会があったと思ってんですか」
 ヨナを安心させるために、わざと何でもないことのように軽い口調でハクが告げると、一旦顔を上げたヨナが表情を曇らせて俯いた。
「……そう。……そうよね」
 おや、とハクは首を傾げる。どうやらハクの返答は姫君のお気に召さなかったらしい。
 当然のことながら、ハクもヨナの言いたいことは分かっている。これまで同じような状況に置かれた際に何事も起こらなかったのは、ひとえに自分たちが主と従者という関係性を保っていたからだ。だが、今回はこれまでと状況が違う。
 ヨナはハクが好きで、ハクはヨナが好きで、互いにそれを知っている。
 そして既に肌を重ねたこともある。何もかもが許される状況にありながら、それでも何事も起こらない、ということが、おそらくはヨナにとっては逆に不安を覚えることになるのだろう。
 同じ褥の中にいてもハクが理性を保てるくらいに、自分には女性としての魅力がないのだろうかと。

「……ヨナ」
 低く、抑えた声でハクがヨナの名を呼ぶ。それは本当に小さな小さな声で、同じ褥の中にいるからこそ、ヨナの耳に届く。
 上目遣いにヨナがハクを見上げると、するりとハクの両腕が動いてヨナの背中に回され、緩く抱きしめられた。
「……さっきの答えがお気に召さないのなら、別の答えをやろうか」
「別の答え?」
 ぱちり、と音がしそうなほど、ヨナが大きな瞬きをする。その目の中を覗き込むように、ハクがヨナに顔を寄せた。
「……天幕ってのは、所詮布一枚なんだよな。例えばこんな風に話してると、会話の内容まではあっちの天幕に聞こえてなくても、何か会話してるなーくらいの音は届く」
 ハクの言いたいことが、ヨナには分からない。
 小さく首を傾げるヨナににやりと笑い、息がかかる至近距離で、ハクの甘い声がヨナに告げた。

「……あんたの『あの』善がり声を、他のヤツに聞かすわけにはいかねえだろが」

 一瞬、何を言われたのかが掴めなかった。
 だが、数十秒の間を置き、ヨナがハクの言葉の意味を理解する。
 ヨナの頬が見る間に真っ赤に染まっていった。

「よっ、よっ、善がっ!」
「声がでけえよ、姫さん」
 反射的に叫ぼうとしたヨナの口に、ハクの大きな掌が蓋をする。両手でハクの手首を掴み、ヨナがその蓋を無理矢理に引きはがした。
「よ、善がり声って! 他に言いようがあるでしょう?」
 抑えた声ながら、ヨナがハクの胸元を掴みながら、抗議の声を上げる。視線を不自然に空へ泳がせながら、ハクがしれっと言ってのけた。
「じゃあ喘ぎ声っつってもいいですけど、結局は同じことですよ。……何にしても、あれを聞くのはできれば俺だけの特権にしておきたいんで」

 そのためなら、一晩の拷問くらい耐えてみせますよ。

 そうヨナに告げたハクの笑顔は。
 無邪気で、どことなく誇らしげで。
 ……ヨナがとても大好きな笑顔だった。

「……分かったわ」
「あ、別に姫さんが声出すの我慢してくれるなら、やることやってもいいんですよ」
「だから、分かったって言ってるでしょう!」
 どうやらからかう体勢に入ったらしいハクの軽口に、ヨナが真正面から応じる。
 そんなヨナの反応に楽しげに笑うハクの指先が、不意にヨナの指に絡む。
「……ハク」
「何もしなくても、傍にはいてやる。……こうして、繋いでてやるから」

 おやすみ、ヨナ。

 優しい、優しいハクの声。
 漠然とした不安を取り除いて、安堵をくれる、その言葉と温もり。

 褥の中で。
 どちらからともなく、甘く可愛らしい口付けを交わして。

 おやすみなさい。


 そうして甘やかで穏やかな……ほんの少しだけ物足りない。
 二人の夜が更けていく。
褥の中で

2015.03.22 執  筆
2015.07.11 加筆修正


【あとがきという名の言い訳】
重い長編を書いた後、反動で思い切り軽く書きたかった短編です。
タイトルが安直すぎて書き上げるかどうかに結構躊躇していた記憶が(笑)
他の人が入り込めないところでの内緒話って結構萌えませんか?
私だけですかそうですか。
ハクとジェハのやりとりは原作を参照してますが、
ジェハはハクに痛めつけられても喜んでそうでアレですね……。変た(自粛)
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