バカップル万歳

大地×かなで

「ねえ、小日向さん。この間、普通科の榊先輩と一緒に、駅前のカフェにいたよね?」

 喧騒に溢れた昼休み。特に急ぐ予定もなかったので、かなではオケ部の友人たちと教室の隅で昼食をとっていた。
 いつもは彼氏である大地と一緒に昼食を取ることが多いので、かなでが昼休みに自分の教室にいることは珍しい。だが相手は学部も学年も違うため、お互いの都合が合わないこともある。そんな時はオケ部の友人たちと親交を深めている。
 そんな珍しい現状を好機と見たのか、あまり話したことのないクラスメイト達が、こぞってかなで達がお弁当を広げている席へとやって来たのだ。
「……えっと、うん」
 先日、大地と部活帰りにカフェに寄り道したことは事実だった。級友たちに見られているとは思っていなかったが、別段隠すことではないので、かなでは素直に頷いた。
「うわーっ、マジでー!?」
「あたし榊先輩、狙ってたのに! ショック~!!」
 かなでが頷いた途端に、クラスメイト達が悲鳴を上げてがっくりと肩を落とした。かなでは驚きで目を丸くする。……もしかして、答えない方がよかったのだろうか。
「えー、あんたたち知らなかったの?夏休み終わってすぐの頃からだったじゃん!」
「もう付き合い始めて結構経ったよね。オケ部でもずっと仲いいよ、副部長とかなでちゃん」
 一緒に昼食をとっていたオケ部メンバーから、口々にフォローが入る。
「あの……何か、問題があったかな?」
 別に大地との交際を隠しているわけではない。
 だが元々夏の全国アンサンブルコンクールを制覇した同じアンサンブルメンバーということで、オケ部員の中でも他の部員より接点が多い。付き合い始めたからと言って、これまで以上にあからさまに行動を共にするようなことはなかったはずだし、かなでから見れば、部活中の大地はかなでを特別扱いせず、他の部員と同じように平等に扱ってくれていると思う。
 きちんと部活中はお互いに副部長と一部員の立場を保っていたつもりなのだが。
 仲がいいと認識されることが、何かオーケストラ部の運営にマイナスになっていることがあるのだろうかと不安になり、かなでが潜めた声でオケ部メンバーに尋ねてみると、彼女は笑って「大丈夫だよ」と否定してくれた。
「部活中にこれ見よがしな感じはないよ。その辺はちゃんと副部長がわきまえてるんじゃないかな。でもやっぱり副部長がかなでちゃんを見る目が、ね!」
「他の子見るのと全然違うよね!めっちゃ優しくて、暖かく見守ってるって感じでさ。羨ましいよねえ」
「そうそう! そのカフェでもさあ、二人の世界って言うか、近寄りがたい感じで。いちゃついてる訳じゃなく、ただ向かい合って話してるだけなのにのに、雰囲気がもう明らかに彼氏と彼女なんだよね」
 いつの間にか、話しかけてきた級友たちも手近な椅子を引き寄せ、大人数の座談会が始まる。教室に残っていた男子生徒がうるさげにこちらを見やって、教室から立ち去って行くのを申し訳ないなと思いながら、オケ部の部員以外の級友と話せるのが新鮮で、いつしかかなでも会話の中に没頭していった。



「二人きりの時の大地先輩ってどんな感じなの?って聞かれました」
 放課後、オケ部の練習が終わり、少しだけ遠回りをして二人で菩提樹寮までの道を辿る。
 かなでを送るために、本来の家路とは違うルートをわざわざ辿ってくれる大地に、最初は遠回りになるから申し訳ないとかなでは断った。
 だが「俺がひなちゃんと一緒にいたいんだからいいんだよ」とあっさりと言われてしまうと、かなでにはその申し出を固辞する理由がなかった。
 それ以来、二人で少しでも長く一緒にいる時間を模索しながら帰宅する日々が続いている。
「それで、ひなちゃんは何て答えたの?」
「えっと……普通に。優しいよって」
「はは。とても無難な模範解答だね」
 軽く笑って、大地がそう評価する。
 大地の持つ優しさの種類はたくさんあって、部活の先輩としての優しさと、彼氏としての優しさはやはり違うものなのだけれど、一言に集約するならば、その言葉しか思い浮かばない。
「でも皆の話を聞いてると、ちゃんと私が大地先輩の彼女に見えてるみたいだから、安心したんです」
 やっぱり大地先輩ってモテるから、と。
 かなでは拗ねたように唇を尖らせた。

 昼休みに話しかけてきた級友たちも、大地に対して「ものすごい高スペック」と高く評価していた。
『確か病院の息子だったよね。家柄良しで頭脳明晰』
『進路も医大狙いらしいよね』
『顔もいいし、人当たりもいいし、女子受けハンパない! 体育の授業とか見たことないけど、普通に運動得意そうだよね。そもそもあの顔で運動音痴とか想像つかない』
『で、星奏学院オーケストラ部副部長となれば、当然人望も厚い、と。完璧超人かっての』
『好物件だし、女の子の扱いもうまいしさ、実は狙ってる子、普通科にも音楽科にも多かったんだけど、小日向さんと付き合い出してから、もう何ていうの? 見るからにラブラブのバカップルって感じで』
『ラブラブって死語』
『バカップルもね』
『うっさいな。……ともかく初めはまさかぽっと出の転校生にいきなり横から掻っ攫われるとはって憤ってた子たちも、二人が一緒にいるところ見てて、もう、あれはしょーがないな、と諦めの境地に達したね』
『ねー。むしろどう見たって、榊先輩がベタ惚れって感じでしょ?ねえねえ小日向さん、一体どうやって榊先輩落としたの?』

 昼休みのクラスメイト達との会話を思い出しながら、かなでは斜め上にある端正な大地の顔を盗み見る。
 その視線にすぐに気が付いて、甘く笑って見つめ返してくれる大地。
 往来でこんなふうにお互いにじっと見つめ合うなんて。
 ……これはやはり、バカップルと称されても仕方がないのかもしれない。

「こういうこと言うと性格悪いかもしれないけど、私と大地先輩が一緒にいるのを見て、それで大地先輩を好きな女の子たちが先輩を諦めてくれるなら、バカップルって呼ばれても別にいいかなって、そう思いました」
 やっぱりちょっと酷いかなあと。
 肩を小さくすくめて笑い、素直な本心を述べたかなでに、大地は目を細める。
 かなでと付き合い始めた時の自分の周りの反応をふと思い返した。

『あのオケ部の新星! あの子可愛いよなあ。オケ部部長の秘蔵っ子だって?』
『学院の周辺とか、いろんなところでヴァイオリン弾いてるんだよな。練習してる時、頑張れって声かけたら、すっげーいい笑顔でありがとうございますって言ってくれたぜ』
『可愛いし素直だし、男慣れしてなさそうだから、攻めてみたらあっさり落ちるんじゃないかって、狙ってたやつ多かったのになあ。まさかよりによって榊が持って行くとは思わなかったよなあ』

 あげないよ、と。
 冗談めかして告げたつもりだったのだが、友人たちが表情をひきつらせてそそくさとその場を去っていったので、その時の自分の目は相当に真剣だったんだろうと大地は思う。

 無論、最初からその結果を狙っていたわけじゃない。
 それでもかなでと二人で過ごす時間を、出来るだけ学院の人間の目に触れる場所で費やしてきたのは、他人の目を惹きつけてやまない、小日向かなでという女性が、他の誰のものでもなく大地のものだということを知らしめたかったからだ。

「バカップルねえ……」
 そういう凡百陳腐な表現で、かなでと自分のことを称されるのには、若干の抵抗があった。
 思わず呟いた一言には、そんな不満が少し滲み出ていたのだろう。
「あ、もしかして大地先輩はそう言われるの嫌ですか? 言われないように、少し自重してみた方がいいですか?」
 不安げに大地を見上げるかなでに、大地は完璧に取り繕った、本心を見せない笑顔を向ける。
 それでも「バカップル」と称されることで、この無防備な愛おしく可愛らしい存在に、余計な虫が付かないというのなら。
「いや? 俺は全然構わないよ」
 そう言って、かなでの小さな手を取って。
 思わず頬を染めるかなでのその手の甲に、大地は小さな口づけを落としてみる。

「バカップルか、……それはそれで、結構な評価なんじゃないかな」

 醜い独占欲は彼女の目には決して触れない、遠い場所へと押しやって。
 お互いしか見えないように、ただ至近距離から見つめ合って。

 バカップルは、バカップルらしく。
 誰も入り込めないくらいの、二人だけの世界に酔いしれてみるのもいい。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:2014.10.4 加筆修正:2018.8.18】

掲載時にあまりにあっさり風味で終わってしまったので、ほんのちょっと黒い大地を追加してみました。
邪魔されないためだったら、人前で結構どんなことでもやっちゃいそうだなこの男……。
独占欲の強さという点で、やはり張り合うのは土岐だろうと思うんですが、土岐ほどに切羽つまらないというか、健康的というか。
渡瀬の中での大地は、そんなイメージ。

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