かなでと大地が付き合うようになって、初めてのクリスマスが近づいていた。
こっそりとかなでが欲しいものをリサーチして、サプライズでプレゼントを贈るのもいいが、それはこれから先のクリスマスで何度でも楽しめることだ。正真正銘『最初』のクリスマスは、どうせなら本当にかなでが欲しがっているものをプレゼントしたい。
そう考える大地は、回りくどいことはせずに、ストレートにかなでに尋ねてみることにした。
「欲しいもの、ですか」
ううん、とかなでが考え込む。真剣な顔で悩みながら、上目遣いに大地を伺った。
「それって、何でもいいんですか?」
「もちろん、ひなちゃんが欲しいものなら何でも構わないよ。……と言いたいところだけど、高3男子の懐事情は、それなりに考慮してしてもらえると助かるけどね」
かなでがそういう無理難題を言わないことはわかっていたけれど、冗談交じりに大地は釘を刺した。
「じゃあ、物じゃなくて、一つお願い事を叶えてもらうとかいうのもアリですか?」
「うん? ひなちゃんがそれでいいのなら、俺は別に構わないよ。何か、叶えて欲しい願い事があるのかい?」
「……えっと。大丈夫なら、一つお願いしてみたいことが……」
何故か頬を赤く染め、視線を足元に落としたかなでがそう言った。それが風の音に消えてしまいそうな小さな声だったので、大地はその声を聞き漏らすまいとかなでの口元に耳を寄せる。
「いいよ。……何?」
「えっと……」
かなでは、足元に落としていた視線を、意を決したように上げ、何事かを言いたげに数回唇を動かした。だが結局は何も言わず、そのまま唇を引き結んでしまう。
「……やっぱり、いいです」
「おいおい、それはないだろ、ひなちゃん」
かなでがそこまで言い渋ったことそのものが、彼女が本当に心から欲しているものであることの証だ。
大地を困らせることが分かりきっている実現不可能な願いを彼女が口にすることはありえない。それならば、それはおそらくただ彼女が口にしづらいというだけの、大地には実現可能な願いごとのはずだ。
「そこまで言いかけたんだ。ちゃんと教えて欲しいな。……君が、俺に言いづらいと思うのに、欲しいと思っているものなら、尚更」
じっとその大きな目の中を覗き込めば、かなでが本心を隠せないことを分かっていた。黙って見つめたままかなでの答えを待っていると、耳まで赤く染まったかなでが、ぽつりと呟くように言った。
「……い、一度でいいから」
名前で、呼んでもらえませんか?
微かに震える声で、かなではそう言った。
『ひなちゃん』という大地だけが呼ぶ愛称以外で、彼から名前を呼ばれたことは過去にたった一度きりだ。
初めてキスをしたあの日。優しく深い声で、大地は初めてかなでの名前を呼んでくれた。
だが当たり前のようにその名を呼ぶのは、いつかかなでが大地と同じ苗字になる日まで、お預けだと大地は言った。そのため、あの日以来大地は相変わらずかなでのことを『ひなちゃん』と呼ぶ。
別に『ひなちゃん』という愛称で呼ばれることが嫌なわけじゃない。かなでも敬称なしの大地の名前を呼ぶことはまだ恥ずかしくて、大地先輩と呼び続けることを許してもらっている。
でも、未来永劫変わることのない、本当のかなでを表す名前は『かなで』という仮名3字の言葉だから。
願うことが許されるときに、一度だけでいいから、大地にこの名前を呼んでみて欲しい。
「……まったく、ものすごく照れてくれるから、一体どんな恥ずかしいことをやらされるのかと思えば」
呆れたように笑い出しながら、大地の大きな掌が、ぽんとかなでの頭の上に乗せられる。おそるおそる、上目遣いにかなでが大地を見つめると、真っ直ぐに大地の甘い眼差しがかなでを見つめ返す。
「ひなちゃん。確かにあの日、俺は今しか呼べない名前で君のことを呼び続けると言ったけれど、それは別に君の名前を呼ぶことを自分に禁じたわけじゃない。……当たり前のようにこの名前を呼ぶのは、もっと先の未来に取っておくっていうその気持ちに、今も変わりはないけれど、君が呼んで欲しいと望むのならば、最初からそれに応じるつもりはあるよ」
かなでが望めば望むだけ、何度でも与えられる簡単なことを、年に一度しかない記念日のプレゼントにする必要はない。
ならば、このかなでの可愛らしい願いごとは、わざわざクリスマスまで待たせなければならないようなものでもない。
……かなで、と。
冷たい空気にふわりと浮き上がる白い息が、慣れ親しんだ三つの文字を、かなでの耳に届く音にする。
大地の落ち着いた声で紡がれた、2回目のそれは、とても穏やかで優しく。
そしてとても甘い音色だった。
かなでの頬が、増々朱に染まる。
微かに目を潤ませて俯いてしまったかなでに、大地もまた、かなでと同じように形にはならないものが欲しくなる。
ささやかなものを欲しがる彼女が、これほどまでに可愛らしいから。
「……ひなちゃん」
一度でいいと言われたから、しばらく大地が彼女のファーストネームを呼ぶことはない。もちろん、いつでも彼女の願いに応じる用意はあるけれど、それを出し惜しみする程度には、大地は優しいだけの男に成り下がらない。
「君の願いは、わざわざクリスマスのプレゼントにするような大層なものじゃないから、本当のプレゼントは日を改めて一緒に選びに行くことにしようか。……でも君の願いを一つ叶えてしまったからね。出来れば俺の願いも一つ叶えて貰えれば嬉しいな」
「は、はい。私に出来ることなら!」
素直なかなでは、あっさりと応じて顔を上げる。
……この素直さは危険だと頭の片隅を過りはしたけれど、今の大地には逆に都合がいい。
「俺は君ほど無欲じゃないからね。……『一度でいい』なんて、絶対に言わないよ」
桜色に染まる、かなでの柔らかな曲線を描く頬を掌で一つ撫で。
そして、ゆっくりと身を屈めた大地が、そっとかなでの唇に口付ける。
それは、多分これから事あるごとに、何度でも求めずにはいられない。
甘く、甘く。
柔らかなぬくもり。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:2014.11.24 加筆修正:2018.8.18】
書いた後に「あ、大地らしーい」とか自分で思っちゃった辺り、渡瀬の中の大地像が窺い知れるかと思います。
フルボイスが出るまで、付き合い始めた大地はかなでのことをどう呼ぶのかな~と考えてて、何となく「ひなちゃん」が継続するのかなーと思ってました。そういうシリーズものを書いていたので、そこで書いてみようかなとも思ってたんですが、公式で出て来たんでつくづく書かなくてよかった(笑)


