ひみつ

悠人×かなで

「ハルくん、ホントに一人で大丈夫だよ……?」
 隣を歩く悠人の顔を伺うように覗き込み、かなでが既に何度か告げた言葉を再び繰り返す。
「いえ、もう辺りがかなり薄暗くなってきています。最近不審者が出るという話も聞きますし、先輩に何かがあってはいけないので」
 悠人の方も、先ほどから同じ返事を繰り返している。

 剣道の稽古帰り、悠人は偶然コンビニから出て来るかなでと会った。
 明日用のおやつを買いに来たと屈託なく笑ったかなでは、膝丈より上のハーフデニムに小花柄のTシャツ、薄い素材のカーディガンを羽織っただけの相変わらず危機感に欠けるいでたちで、心配になった悠人は菩提樹寮まで送っていくと申し出た。
 コンビニから菩提樹寮までは、悠人が暮らす端島神社とは反対方向だ。稽古後で疲労もあるだろうから、一人で大丈夫だとかなでは遠慮をしたのだが、結局は悠人に押し切られた形になった。
「そもそも、ハルくんが心配するような『何か』って、私に限っては起こりようがないよ」
「そう断言できる、根拠は何なんですか?」
 買い物後のお菓子ばかりが入ったビニール袋も、悠人が竹刀を抱える腕に引っかけてくれている。手持無沙汰の状態で拗ねたように足元の石ころを蹴りながら、かなでがぽつりと呟くと、間髪入れずに冷ややかな悠人の声が返って来た。
「え、だって。自分で言うのも何なんだけど……というより、自分で口にすると悔しいんだけど、よく響也が言ってるじゃない?」
 幼馴染みで気心の知れた響也は、かなでの外観をよく「子供体型だ」と表現する。当然、言われた時にはその足をこれでもかと体重をかけて踏みしだいでいるが、その言葉に堂々と反論できないくらいには、自分の女性らしさには自信が持てないかなでだった。
「痴漢とかする人だってさ、どうせならこう……メリハリ効いた身体の女の人を触りたいんじゃないかな。私のを触ったところで、ほら、何というか。味気ないというか、ぶっちゃけ骨が刺さるというか」
 華奢と言えば聞こえがいいが、悪く言いかえれば貧相な体つきであることはかなでも理解している。幼い頃から響也にはよく「お前に触ると骨が刺さる」と揶揄されていた。そう言われるのはかなでも響也に対して何か悪態をついた時に限るので、勢い余った冗談だと気にし過ぎないようにしているつもりだが、実際のところ、それはかなでの密かなコンプレックスなのだ。
「まったく、響也先輩ときたら。昔からデリカシーのない……」
 眉間に皺を寄せ、悠人は大きな溜息を付いた。じいっと自分の方を見つめているかなでを一瞥し、何かがあっても対処ができるようにと空けていた手で、そっとかなでの手を取った。
「痴漢の気持ちは分かりませんし、理解する気もありません。……ですが、僕はいつかあなたに触れてみたいと思っています」
「……は!?」
 唐突な悠人の言葉に、かなでは素っ頓狂な声を上げる。目尻をほんのりと赤く染める悠人が、柔らかく微笑んだ。
「少なくともここに一人、あなたに女性としての魅力を感じる男がいるんです。他の男が僕と同じように思うことはないと、貴方ははっきり言い切れるんですか?」
 そうでないなら、大人しく僕に菩提樹寮まで送られてください。
 そう言ってかなでの手を引く悠人の行動を、今度こそかなでは退けられなくなった。
「……ハルくんって、結構過保護」
 それでもって、時々びっくりすること言う。
 拗ねたような口調で呟くかなでを振り返ると、耳まで真っ赤に染めた彼女が、自分に導かれるまま付いてくる。
 何故か、そのことがとても幸せで、胸の奥が暖まるような心地がするのを悠人は感じる。
「ずっと厳しい人だったのに、付き合い始めてからのハルくんは、すっごく私を甘やかしてる気がする」
「……そうかもしれませんね」
 誰よりも大切だと言える人が出来て。
 その人を守れるほど強く在れる自分自身を、悠人は誇りに思っている。
 それでもかなでのことを容赦なく甘やかすことが出来るのは、彼女がその甘さに溺れないことを悠人が知っているからだ。
「……新くんとかが今のハルくん見たら、きっとびっくりするんじゃないのかな。自分には厳しいのに私ばっかり甘やかされてずるいって、新くんに怒られちゃいそう」
 かなでが関係があるようなないような話をつらつらと続けているのは、照れ隠しなのだと気が付いていた。それでも、二人きりでいる時に他の男(しかもよりによって新)の話題が出て来ることは、気分がよくない。
 そもそも新はかなでに対して怒ったりはしないはずだ。むしろ悠人に対して「自分にも優しくしろ」とに文句を言うくらいだろう。
「ええ、だから」
 言いながら、悠人はふと足を止める。
 つられるように足を止めて、驚いたように少しだけ高い悠人の顔を見上げるかなでの頬に、掠めるようにキスをした。
 反射的に後ずさり、真っ赤になって頬を押さえるかなでに、悪戯っぽく笑いかけ、唇に人差し指を当ててみる。

「……他の人には、絶対にひみつにしておいてくださいね」

 あなたが嫌だと言ったとしても。
 普段の自分を顧みれば柄じゃないと分かっていても、どろどろに甘やかしてしまいたくなってしまうほどに。

 僕があなたを、好きだということを。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:2014.11.3 加筆修正:2018.8.18】

ここでも心配性で、密かに最強のハル(笑)
付き合い始めると、ハルはこういう子になると勝手に思ってます。過保護で、それでかなでに遠慮しないで真正面から気持ちをぶつけてくれる子。
志水と共通する部分があるとどこかに書きましたが、思考がストレートな分志水より書きやすい子だと思ってます。ハルは付き合い始めてからを書く方が楽しそう♪

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