君へと続く空

火積×かなで

 火積と電話をする時、かなでは何故か二言目には、その日の仙台の天気を尋ねてくる。
 初めの頃は自分があまりにも会話の引き出しを持っていないから、彼女が気を使って話題を提供してくれているのだと思っていた。趣味や日常の話題と違って、季節と天気の話題は滅多に『外す』ことがないからだ。
 だが、そうではないということに気が付いたのは遠距離恋愛が数か月を越える頃だ。ようやく火積が定期的にかかってくるかなでの電話に慣れ、かなでが火積の会話のペースに慣れ……突然の携帯の振動に、火積が緊張を覚えなくなった頃。
 会話に慣れても、相変わらずかなでは「こんにちは、火積くん」という挨拶の後に、必ず「そちらのお天気はどうですか?」と続けるのだ。
 それは、一般的には何気ない挨拶の一つだろうと思えるから、普段はそこまで気にならないのだろう。
 それなのに火積がその問答に違和感を覚えたのは、違う空の下だと分かりきっているはずなのに、火積の暮らす仙台の天気と、かなでが住む横浜の天気が違うと知った途端、ほんの少しだけ彼女が落胆するのに気付いたからだ。

「……小日向」
 火積の低い声が響く。
 初対面の相手なら、確実に「何を怒っているのか」と問われる、威圧感のある重低音。だが、かなでにはそれが火積が困惑している状態なのだときちんと伝わっている。
「何? 火積くん」
 電話の向こうの火積に答えながら、かなでは自室の窓をからからと開く。
 秋も深まり、冬が近づく外気はひんやりと冷たい。だが、その澄んだ空気は夜空に輝く星を鮮明に浮かび上がらせていた。
「あんたいつも、天気の話をするだろ? ……それって、もしかして何か特別な意味があんのか?」
 ぱちりとかなでは大きな瞬きをした。火積と電話でのやりとりを始めてから数か月。勿論、かなでが彼に天気の話題を持ちかけるのは意図的なのだが、たかが天気の話題であるだけに火積が気付くとは思わなかった。
 どう返事するかに迷い、かなでが沈黙したままでいると、焦ったような火積の声が回線越しに聞こえてくる。
「ああ、いや。別にそれが嫌ってわけじゃねえんだ。ただ、時々俺の返事にあんたががっかりしてることがある気がして……あんたが『こう答えて欲しい』って思ってるのに、俺が上手く気付いてやれてねえんじゃねえかって」
 かなでは更に驚く。まさか、火積がそんなところにまで気に掛けているとは思わなかった。
 そう考えて、改めて至誠館の前部長・八木沢が火積を次期部長に任命したことに納得がいく。確かに火積は不器用でぶっきらぼうだけれど、とても誠実で、繊細な人だとかなでは思う。心の機微などにまるで興味がないように見えて、実はしっかりと人の気持ちを汲み取ろうと努力している。……それは、かなでが好きになった火積そのものだ。
「ごめんね、火積くん。火積くんが、そんなに気にしてくれてるなんて、実は思ってなかった」
 言って、かなでは窓側に設置されたベッドの上にちょこんと腰かける。窓枠に頬杖をついて、冬間近な星空を眺めやった。
「あのね、火積くん。空って、どこでも繋がってるでしょう?」
 かなでの言葉に、火積はふと唇を引き結ぶ。
 ふと部屋の天井を見上げ、そこに空が見えないことに気付き、慌てて自室の窓を開けた。
「今日はそっちも晴れてるって言ってたよね。私が見てる空には星がたくさんと半分のお月様が見えてるよ。……火積くんには、どう見える?」
 言われて、火積は窓から身を乗り出して夜空の中に半円を描く月を探す。かなでの言うように一際明るい光を放つ半月が見えた。
「……同じように、半分に見える」
「ね?」

 今、私たち、同じ月を見てるよ。

 どこか嬉しそうな、穏やかな声で。
 火積の耳元で、かなでが囁く。

「火積くんが暮らしてる仙台と私が暮らしてる横浜。距離は遠いんだけど、空はいつも同じものが見えるでしょう? 月が出てれば月が見えるし、星座の配置もそんなに変わらないし。そう考えるとね、空を見れば火積くんとちゃんと繋がってる気がして、嬉しかったの」
 それは例えば夜空じゃなくても。
 真昼の太陽でも、自分の足元に伸びる影が小さくなれば、きっと火積の足元に出来ている彼の影も、同じように小さくなっているのだろう。そんなふうに遠い空の下でトランペットを吹いている彼のことを想うと、かなでは何だか、とても幸せな気持ちになるのだ。
「だけど、これって意外に反動が大きくてね。……そっちとこっちとで天気が違う時には、私が見ているのと違う空が火積くんの上にあるんだなって気付いちゃう。『やっぱり火積くんは遠いところにいるんだなあ』って実感しちゃって。そんな時は、逆に寂しくなっちゃったりするんだけど」
 それが、時折かなでが仙台の天気を聞いた後に落胆する訳だ。
 かなでの頭上の空が晴れ渡っていても、火積の頭上にある空が泣いていれば、火積はかなでが知らない雨の音を聴く。
 かなでが知りようのない、遠い風景の中に存在している火積を想い、寂しい気持ちになる。
 それでもたかが天気で一喜一憂している自分を知られるのも恥ずかしくて、きちんと火積には隠していたつもりだったのに。
「火積くんには、全部バレてたんだね」
 苦笑交じりに呟くかなでに見えるわけではないのに、ついつい火積は頭を下げてしまった。
「……すまねえ」
「火積くんが謝らなくてもいいのに」
 どこか楽しそうな口調から、おそらく微笑んでいるであろうかなでの様子が目に浮かぶ。それは火積が横浜に滞在していたころに一番よく見たかなでの表情だ。

 どちらかと言えば、同年代の女生徒からは敬遠されがちな風貌の火積の側で、かなではいつも屈託なく笑っていた。
 そしてそれは、火積の携帯電話の中に唯一残されているかなでの写真と同じものだ。
 最初にお守り替わりに火積の写真が欲しいとリクエストしたのはかなでだった。
 火積が自分自身の写真を撮ることはほとんどないので、別の誰かに撮ってもらおうと、最初は伊織に頼んでみたのだが、「ボクよりも新くんの方が上手に撮れると思うよ」と言われ、新に散々からかわれながら火積自身の携帯で写真を撮ってもらった。
 愛想笑いも何もない、だがどことなく穏やかな表情のその写真は、確かに普段は写真写りが悪いと称される火積の素の表情を、上手い具合に切り取っていた。「火積くんらしいよ」と伊織に太鼓判を押してもらったその写真をメールに添付してかなでに送ると、返信されたメールには、お返しとばかりにかなでの写真が添付されていた。
 かなでの方は上手に自撮りした、火積の隣で笑っていた頃のかなでと変わらない、屈託のない笑顔の写真。
 なかなか会える機会もないから、火積の中でかなでの顔はあの写真の笑顔そのものだった。

「……そうだ」
 ふと、思いついて火積が呟く。「え?」と回線の向こうでかなでが尋ね返した。
「今度からあんたに連絡する時には、一緒に空の写真を添付する。そしたら、少しはあんたの気も晴れるかもしれねえ」
 空は繋がっている。それは紛れもない真実だ。
 だが、どんなに君へと続く空であっても、それを辿って一足飛びで傍に行けるわけじゃない。たとえ互いが存在する頭上に在る空の色を知ったとしても、逢えないことの寂しさを払拭する材料にはならないだろう。
 それでも、火積が写真に写った笑顔を見るたびに、かなでのことを想うように。
 今いる自分たちの頭上の空をきちんと目にすることが出来れば、他愛ない空想も少しは意味のあるものになるのではないだろうか。
「都合が付けばすぐに逢いに行く。だからそれまで、それで勘弁してくれ」
「……うん!」
 それは火積らしい気遣いで、火積らしい言葉だった。
 そのことが嬉しくて、かなでは大きく頷いた。



 通話を切って、かなでは携帯のカメラを夜空に向ける。
 あまり上手くは撮れないかもしれないけれど、火積と交わした約束を守るために。
 画像フォルダに収められた、光が膨張していびつな形になった半月の写真に添えるメッセージを懸命に組み立てていると、手の中の携帯が軽やかなメロディを奏で、メールを受信したことを知らせてくれた。

 かなでが送るより先に火積から送られてきたメールには、メッセージはなくただ写真だけが添付されていた。
 そこにはかなでが撮ったものと同じように、いびつで不鮮明な月の光が切り取られていた。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:2014.10.29 加筆修正:2018.8.19】

火積は初々しい結構ベタなことをさせればいいんだと、これを書いてから気が付きました(笑)
火積は結構上位に来る好きキャラなんですが、声がちょっと残念なので、なかなかこう……妄想が広がらない。中の人は好きなんですけど、若干火積の時に辛そうだなって思って現実に帰っちゃうので……もう少し普通でいいと思うんだけどな。惜しい。
それにしても、火積は恋愛の階段を一歩一歩昇るキャラだと思うので、この先を書いていくのがとっても楽しみ(笑)

Page Top