いつものように囁いて

新×かなで

 くだらない日常の報告で続いた恒例の電話の最後で、新はいつものようにかなでに強請る。
「じゃあ、かなでちゃん。いつものヤツ、お願い」
「え、えっと」
 促されて、かなでは慌てていつもの言葉を思い出す。
 たどたどしいカタカナ外国語で自信なさげに囁くのは、何度この言葉を繰り返しても変わることがない。
「……エウ、イスト、アーモ」
「Parabens!」
 新からは流暢なポルトガル語が返ってくる。ニュアンス的に褒められているのであろうことは分かるけれど。
「……ねえ、新くん。結局これってどういう意味なの?」
 一日の終わりは、かなでちゃんの声聞いてから終わりたいな。
 仙台と横浜で、遠く離れた場所から始まる恋だと分かっていたから、かなでも毎晩おやすみコールをしたいという新の提案に異存はなかった。いざ電話で話すと適当なところで会話を切り上げる自信がないという新の意見も、普段の彼の言動のアレコレから納得できたから、お互いの生活の負担にならないよう、平日の電話は日付が変わる前の30分だけと決めている。
 ……もちろん起きてから眠るまで連絡を取る手段は、電話以外にもメールという便利なものがあるので、電話そのもののやり取りは基本的に一日一回であっても、彼からのメールは頻繁にかなでの携帯を鳴らす。やり取りをする相手は新が大半だというのに、かなでの携帯の電池の消費速度は、驚くほど早かった。
 遠距離恋愛を継続していくために二人で決めた幾つかのルールの中に、「通話の最後にはかなでが新から教えてもらったポルトガル語の一語を言う」というものがあった。電話口で何回も聞き直し、新の綺麗な発音を懸命に自分で話せる文字の羅列に置き換えて、かなでは律儀にその約束を実行する。
 もちろん、かなでには意味なんて分からない。新自ら言って欲しいと願った言葉だから、おそらくは彼が聞くと嬉しい言葉なのだろうが、いまだにこの言葉が持つ意味を知らないかなでは、何度電話口でこの言葉を呟いてみても慣れることはなく、自然とこわごわとした発声になる。
 インターネットという文明の利器があるのだから、本当は調べようと思えば調べることは容易いのだが、新から「次に会った時に教えるから絶対に自分で調べないで!」と念を押されているため、かなではいまだに自分が彼に何を伝えているのか分からないまま、この言葉を口にしている。
「えー、……やっぱ、気になる?」
「そりゃそうだよう。ものすごく恥ずかしい言葉言わされてたらどうしようって思っちゃうもん」
 拗ねた声に、電話の向こう側で頬を膨らませて、唇を尖らせてるだろうかなでの様子が目に浮かぶ。
 そんなかなでを、つくづく可愛いと新は思う。
(勝手に調べちゃえばいいのにね)
 いくら新からお願いされたからといって、そこまで気になるのなら新に内緒でさっさと調べてしまえば済むことだ。かなでの行動を束縛する権利は新にはないし、その行為を止めることもできないくらい、自分たちは遠く離れて暮らしているのだから。
 それなのに、ただの口約束を律儀に守っている真面目なかなでのことが、新は本当に大好きなのだった。

「約束通り、今度かなでちゃんに逢ったらちゃんと教えるからさ。もうちょっとだけ我慢してよ」
「……仕方ないなあ」
 呆れたような溜息交じりで笑って、かなでが答えた。
「じゃあ、かなでちゃん。電話の終わりに言うのが約束だから」
 もう一回、と新が促す。
 相変わらずよくは分からないまま、さすがに覚えてしまったいつものワンフレーズをかなでは囁いてみる。
「……エウ、イスト、アーモ」
 そうすると、いつもと少しだけ違う新の声が帰って来た。

「……Eu tambem, Boa noite!」

 通話の始まりと同様に、新の通話は唐突に途絶えてしまう。それはいつものことだから特に気にはならなかったが、空しく通信音を鳴らす携帯をしばしの間見つめ、かなでは首を傾げた。
 「Boa noite」という言葉の意味は、さすがにかなでにももう分かる。
 それはいつも通話の最後に新が告げる言葉だから。

「『おやすみ』っていう前に、新くん、何を言ったんだろう……」



「……おやすみ、かなでちゃん」
 もう聞いてはいないかなでの代わりに、携帯に向かって新は繰り返す。
 一日の終わりに。
 新しい明日を迎える時に、新のテンションが一番上がる言葉をかなでに言って欲しくて。
 歌のフレーズにも時折見かける定番の言葉は、さすがのかなでも意味に気付いてしまうかもしれないと、別の言葉を考えてみた。その新の試みは、今のところ大成功を収めている。
 ……次に逢って、あの言葉の意味を知った時。
 かなでは変わらずに、毎日の電話の最後にあの柔らかな明るい声で、この言葉を新に囁いてくれるだろうか。
(そりゃ、気持ちは同じだと思ってるけど。かなでちゃん、多分恥ずかしがっちゃうからさ)
 そんなふうに考えると、かなでがあの言葉の意味をずっと知らない方が、新にとっては都合がいいのではないかと思えてしまう。

 ポルトガル語で告げる愛の言葉は、一般的な「Te amo」だけじゃない。
 かなでが新に言ってくれる「Eu isto amo」もまた、「愛してる」という意味を持つ言葉。

(本当の意味を知っても、かなでちゃんが怒らないで、俺と同じ気持ちを俺に伝えてくれるなら)
 新が教えたあの言葉じゃない、かなでらしい、かなでだけの愛の言葉を教えてくれてもいい。

 たとえ、かなでがどんな言葉で新への愛を囁いてくれたとしても。
 新は必ず、「Eu tambem(俺もだよ)」と返すのだから。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:2014.11.27 加筆修正:2018.8.12】

ネットというのは便利ですね!(笑)
ネタだけ先に出来上がってしまってて、「Te amo」以外にそういう愛の言葉があるのかなあとどきどきしながらネットサーフィンしてました。
新がかなでに言わせている「Eu isto amo」は女性から男性への愛の言葉だそうです。
かなでが意味を知ったら絶対言わなくなると思いますけどね!(笑)

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