遊園地に行こう!

七海×かなで

「あ、あの、小日向さん!」

 会話の途中に何度も何度も切り出すきっかけを探して、ようやく七海が本題を切り出せたのは、もう菩提樹寮へ辿り着く頃だった。。
 秋を過ぎ、冬に向かうこの時期には、夕暮れが迫るのも随分と早い。
 七海が足を止めて呼びかけると、同じように歩みを止め、唇に微笑みの形を残したまま、夕焼けの色に頬を染めるかなでが、伺うように小さく首を傾げた。
 七海が何か話を切り出す時、勢いをつけて思い切らないと難しいことをかなでは知っている。天音学園に進学する以前を知っている悠人や新の話を聞く限り、昔の七海はもっと屈託のない活発な少年だったというから、良くも悪くも七海を変化させた、彼の所属する室内楽部の部長である冥加の影響は、計り知れないものがある。
 だが、会話をしていればその元来の活発さはきちんと表れてくるし、元々かなでが出逢った時から七海は今の七海だったので、彼の不必要なくらいに遠慮がちな態度を、あまりかなでは気にしていない。
 もう少しお互いに付き合い慣れて、もっと気楽に話しかけてくれればいいなと、願ってはいる。
「あの、……小日向さん。小日向さんは、遊園地とか、お好きですか?」
 その問いかけで、話の流れは見えたように思う。
 何かを期待するような眼差しと、上気した頬。七海の望む答えは分かっていたけれど、かなではちょっとだけ困ったような素振りを見せながら、唇に指先を当てる。
「嫌い……じゃないんだけど、苦手なとこもあるかな。実は私、絶叫系とかがあんまり得意じゃなくて」
 七海が期待している答えがこれじゃないことは分かっていたが、かなではあえて正直な気持ちを口にする。七海がかなでに伝えたいことの先が見えている以上、ここは誤魔化す場ではないと分かっていたからだ。
「……そう、ですか……」
 目に見えて七海が落胆する。落胆のその先へ話が進むのを待っていたかなでの予測を裏切り、七海は肩を落としたまま「……じゃあ、帰りましょうか」とかなでを促した。
「ちょ、ちょっと、七海くん」
 数歩先を行こうとする七海を、かなでは慌てて追いかける。七海の進行方向に爪先を踏み出して、立ち塞がるように前に出て、彼の歩みを制した。
「諦めるの早い! 最後まで、ちゃんと話してよ。……何か、言いたいことがあったんだよね?」
 これも絶対君主・冥加玲士の教育の賜物と言えばそれで終わりだが、あまりにも諦めが良すぎる。
 じいっと近い位置からかなでに見つめられて、七海の頬が途端に赤く染まる。困ったように辺りに視線を巡らせ、数歩後ずさった七海は、追い詰められたようにポケットから二枚のチケットを取り出し、かなでの鼻先に突き出した。
「あ、あの、実はこれをもらって!」
 かなでの予想通り、それはかなでたちの生活圏内にある遊園地の割引チケットだった。
 ……根拠のない雑談ならば、さすがの七海でももっと気軽にかなでに話してくれる。それくらいの信頼関係は、ちゃんと築けているはずだ。
 だが、あれほど気合いを入れて切り出そうとしたからには、そこにかなでを誘いたいという明確な意思があったからだ。
「小日向さんが、もし遊園地がお好きなら、きっと一緒に行ったら楽しいだろうと思ったんですけど、やっぱり苦手って人もいるから、ちゃんと確認してから誘おうと思って、俺……」
 しどろもどろの七海の弁解に耳を傾けつつ、かなでは七海が差し出したチケットを受け取り、しげしげと眺める。視線はチケットに向けたまま、少しだけ唇を拗ねたように尖らせたかなでが、ぽつりと呟いた。
「……七海くんって、お化け屋敷得意?」
「……えっ」
 唐突なかなでの問いに、思わず七海はこれまでの醜態を忘れ、素に戻る。
 お化け屋敷と呼ばれる場所のアレコレを思い出し、困ったように眉をひそめた。
「……すみません、俺、あんまりあの手のは……」
 雰囲気は別に苦手ではない。実は暗闇は平気だし、人の気配がない状況もそこまで怖いとは思わない。そうでなければ、花火を見る穴場として墓地にかなでを連れて行って、彼女に驚かれたりはしない。
 七海が苦手なのは、何よりも他人に『驚かされる』という感覚だった。
 一般的に怖いと感じる人が多いような場所にはそれほど抵抗を感じないが、そこで『肝試しをする』という条件が付けば、そこは途端に七海にとって苦手な場所になる。
「うん、分かる。そんな気がした」
 頷いて、かなでは小さく笑う。そして、その笑顔のまま七海の顔をまっすぐに見つめた。
「だからね、つまりはそういうこと」
 かなでは高いところから猛スピードで落ちるような、いわゆる絶叫系と呼ばれるようなアトラクションは好きではない。だが、遊園地に存在するアトラクションと名がつくものは、当然のことながらそれだけではなくて。
「早くて落ちる系は駄目なんだけど、それでも私だって乗れるものもあるし、観覧車とか大丈夫だし、別に駄目なものはあっても、遊園地を楽しむ要素はいっぱいあると思うんだ」
 七海が、ちゃんと「遊園地に行こう」と誘ってくれたなら。
 苦手なものは苦手なものとして申告しつつも、笑顔で「うん」と頷くつもりだった。
「だって嫌なもの我慢して、楽しくない時間を過ごすのは違うと思うから、ちゃんとそこは言わなきゃ駄目だと思ったの。でもだからって、七海くんが誘ってくれるのを、そんなにあっさり断っちゃうわけないでしょ?」
 逆の立場なら、七海くんどうした?と問われ。
 七海は、「目からウロコ」というのが、こういうことなのだと唐突に理解する。

(もし、小日向さんに俺が苦手だと思うところに遊びに行こうと誘われたら)
(……俺だったら、苦手だっていうのを隠して、見栄を張っちゃうかもしれないけれど。でも)
(小日向さんと一緒ならどこでも楽しいって……そんなふうに、思えるんじゃないかな)

 だって、それが何処であろうとも、好きな人と一緒に過ごす場所なのだから。
 そして、かなでも同じ気持ちだと言ってくれた。
 ならば七海は、もう少し自信を持っていい。

「……あの、小日向さん。もう一度、初めからやり直していいですか?」
 しばしの沈黙の後、七海がそう切り出す。
 一瞬きょとんと目を丸くしたかなでは、やがて嬉しそうに笑って頷く。
 かなでから返却されたチケットを、もう一度ポケットに仕舞って、七海は大きく深呼吸をする。目の前で小さく首を傾げて、七海の言葉を待っているかなでに、すっとチケットを差し出した。

「……小日向さん。ここに、遊園地の割引チケットが2枚あるんです。小日向さんが苦手なアトラクションに乗るのを無理強いするなんてことはありませんから……俺と一緒に、遊びに行ってくれませんか?」

 七海の誘いに、かなでは満面の笑みを浮かべて「うん」と大きく頷く。
 そして、迷わずに七海が差し出したチケットを受け取ってくれた。


 それが苦手要素満載の場所であっても。
 二人一緒なら、きっと心から楽しめるはずだから。

 次の週末には、電車を乗り継いで……出来れば、二人で手を繋いで。

 遊園地に行こう!




あとがきという名の言い訳 【執筆日:2014.10.4 加筆修正:2016.7.3】

今回の企画で最初に生まれた話なんですが、よりによって苦手な七海くんから出来上がってしまったので(苦笑)本当にサイトに載せても問題ないかなーと、書き上げてからしばらくの間、掲載するかどうかを迷っていました。
七海くん、可愛いんですが、可愛いゆえにかなでちゃんとどんなふうに恋愛を展開させてあげたらいいのかに迷うんですよね。意外に物事の好き嫌いははっきりしてる子だとは思うんですが、ぐいぐい引っ張っていくタイプの子ではないので。

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