カフェテリアの片隅の席に向かい合って座り、テーブルに身を乗り出す天羽が、手帳を片手に熱心に香穂子に訴える。
香穂子はげんなりとした顔で、アイスティーのグラスを揺らす。差し込んであるストローの先を口内で噛み締めた。
「天羽ちゃんには普段からお世話になってるし? 私で協力出来ることならしてあげたいって思うけど……」
複雑そうな声音でそう呟き、香穂子はひどく真面目な顔で天羽を見つめた。
「……私が土浦くんをどう想っているかは、コンクールには全然関係ない話だよね?」
「そんな細かいことにはこだわらない!」
天羽が一刀両断するが、不自然に視線が泳ぐ。
……面白がってるな、と香穂子は不審の視線を天羽に向けた。
「とにかくさ、あとちょっとだけ、紙面埋める原稿が足りないのよ。大まかな取材をしたら逆に紙面が足りなくなっちゃうし、穴埋めコラムってノリでいいんだから……」
ね?と申し訳なさそうに両手を合わせて、泣き落しにかかって来た天羽に、元々人がいい香穂子の心情は……全くほだされる理由もないのに……揺れる。どうしよう、と香穂子が一瞬迷った時。
「こいつの人の良さに付け込んで、無理難題押し付けるなよ」
天羽の背後から、がしっと大きな掌で天羽の頭を押さえ付けた長身の人影。青ざめた天羽が恐る恐る背後を伺い、香穂子が大きな瞬きをして顔を上げた。土浦くん、と香穂子の唇が声も出さずに呟いた。
「足りない原稿分は、お前らの編集能力でどうにでも出来るだろ。……ったく、狙いが見え見えなんだよ、お前は」
遠慮なく、天羽のウェーブのかかったフワフワの髪をぐしゃぐしゃに掻き回し、駄目押しとばかりに軽い力で彼女の頭を平手ではたく。抵抗する暇もない天羽が「何すんの!?」と悲鳴を上げ、がっくりとテーブルに顔を伏せた。
「待たせたな。行こうぜ」
天羽の反応は意に介さず、香穂子に向けて土浦が笑いかけた。元々、一緒に練習室に行くために香穂子はここで土浦を待っていたのだ。そこに天羽が乱入して来ただけだったので、香穂子は戸惑いながらも頷いて、そうっと立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、天羽ちゃん。私、行くね」
「……待った!」
その場を離れようとした香穂子の制服の袖を、テーブルに突っ伏した天羽がむんずと捕まえる。恨みがましい上目遣いで、天羽が香穂子を見上げた。
「髪をぐしゃぐしゃにした、慰謝料払っていって!」
「私が払う必要はないと思うんだけどな……」
もっともと言えばもっともな微かな抵抗を、香穂子は苦笑いで試みるが、天羽は全く気にしない。
「詳しい話は諦める。だから、一個だけ教えて。香穂」
土浦くんの、どこが好き?
天羽は、そう尋ねた。
「……お前なあ!」
黙って聞いてりゃとばかりに、数歩先にいた土浦が、頬を赤らめて戻って来る。しっかりと香穂子の袖を掴んだままの天羽は、答えを聞くまでは離さない!と袖を掴む指先に力を込める。
一人冷静な香穂子が、空を仰いでふう、と大きな溜息を付いた。
「一個、答えればいいのね?」
「か……日野!?」
人前では名前で呼んでくれない土浦が、慌てたように呼び直しながら香穂子を振り返った。
天羽が、顔を輝かせる。
「うん! あ、全部とか、優しいとことか、在り来たりな答えはナシの方向でね!」
無茶な要望をしているのは天羽の方なのに、いちいち注文が多い。苦笑しながら、香穂子は天羽に向かって首を傾げてみる。
「指」
「……へっ!?」
突然ぽつりと落とされた言葉に、天羽が目を丸くする。
にっこりと笑って香穂子は、「私、土浦くんの指が好きなんだ」と。
迷いもなくきっぱりと言ってのけた。
「……ピアノ、弾くからか?」
茫然自失の天羽を置き去りにして、土浦と香穂子は練習室に向かって歩いている。二人きりの時はあまり余分な会話をしないから、心地よい沈黙がしばらく続いたあと、ぽつりと土浦が尋ねた。
「え?」
「いや……お前が俺の指が好きって言うのは、ピアノを弾くからか?」
香穂子が土浦のピアノが好きだと言うことは、恥ずかしげもなく本人に公言してある。
土浦の問いかけは、暗に香穂子が自分を好きなのは、まずピアノが好きだからなのかを危惧する響きがある。
香穂子は、不安げな土浦の横顔を見上げた。
「……それもあるよ」
だけど、それだけじゃないよ、と香穂子は笑う。ちらりと斜めに香穂子を見下ろした土浦に、「でも教えない」と背を向け、土浦を追いこして先に立った。
「何だよ、気になるだろ。……言えよ」
香穂子より遥かに歩幅の広い土浦が、すぐに追い付くのは分かっている。だから懸命に早足で、香穂子は少しでも長く土浦に捕まらないように急ぐ。
「言わないよ」
だって、言ったら。
土浦くん、照れくさくて、恥ずかしくて。
泣いちゃうかもしれないからね。
意地っ張りで、頑固なところがあって。
なかなか本心を見せてくれない、そんな香穂子の恋人は。
ピアノを弾くその指先で、押さえ切れない感情を、旋律に乗せて雄弁に語り。
そして、その優しい指先で。
香穂子に触れる、その部分から。
香穂子を愛おしむ気持ちを、香穂子へと伝えてくれる。
(だから、土浦くんの指先が好き)
気付いてないんでしょう?
言葉にはしなくても。
私に触れる、その貴方の指先が。
私の事を、好きだと言ってくれる、その真実を。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.9.26】
ピアノ弾きさんの指は綺麗なんだろうなあ~(妄想)
今回、ネタが浮かべばカップリング2名だけでなく他のキャラが絡む話を書くように心掛けておりました。天羽ちゃんは書きやすい(笑)
土浦はスキンシップ大好きな触りたがり(ええっ!?)なので、彼が好きな香穂子だと、頭「ぽんっ」てやられたり、そういうのは嬉しいんじゃないかなと思ったり。


