カフェテリアの隅の席、四人がけのテーブルに、天羽とそれから志水と香穂子が肩を並べて、向かい合せに座っている。腕組みをして椅子の背もたれに体重を預けた天羽は、じいっと目の前の志水と香穂子とを見つめて、そう呟いた。
「やっぱりそうなの……」
途端に香穂子ががっくりと肩を落とす。「まあ、それか現実通りの先輩と後輩?」と天羽は首を傾げた。志水は香穂子の隣で、そんな先輩二人の様子を見つめながら、炭酸飲料の入ったグラスの中の氷を、差し込んだストローでからりと音を立てて混ぜていた。
話の発端は、休日だった昨日のことだ。
いつものように香穂子と志水はデートで、その途中でふらりと立ち寄った本屋で、音楽関連のハードカバーを物色しながら、ああでもないこうでもないと言い合っていたのだ。すると、本棚の整理に来た年輩の店員の女性が、香穂子たちを見て「あら、仲のいい姉弟ねえ」とにこやかに笑って告げて、去っていった。
偶然、二人の昨日の服装が、色合いが似たものを着ていたから余計にそういう誤解をされたのかもしれないが、顔の造作に全く共通点がないというのに、どこからどう迷走して、彼女がそういう判断に到ったのかが、香穂子には全く分からなかったのだ。
余談だが、わざわざ真っ向否定するような事項ではなかったので、香穂子は曖昧に笑ってその場を誤魔化しただけで、はっきりと違うとは告げてはいない。追いかけて「恋人です!」と懸命に弁明する方が、もっと虚しい気がした。
「まあまあ。第三者から見てどうだったとしたって、あんたたちの気持ちの何が変わるでもないんだから、別にいいじゃない」
「そりゃあまあ。……そうなんだけど……」
小さな溜息をつき、香穂子は表情を陰らせる。
香穂子は志水が好きで、志水は香穂子が好きで。
それは確かに、周りの目が自分達をどう捉えようと、変わることはない。
それでも、香穂子は自分たちの関係が姉弟程度にしか見られないことが、ほんの少し寂しかった。時々街中で見かける幸せそうな恋人たち。外見がどうであれ、彼らはちゃんと「恋人同士」に見える。
自分たちがそう認識してもらえないのは、そういう幸福なオーラを放つことが出来ていないからなのではないだろうか。
「……ねえ、香穂。そんなに気になるならさ」
あまりの香穂子の気落ちっぷりに、さすがにマズイと感じたのか、テーブルに身を乗り出す天羽がひそめた声で言った。
「ちゃんと、あんたたちが恋人同士に見えるような雰囲気作りってのを心掛ければいいんじゃない?」
「……雰囲気作り?」
きょとんとした香穂子が、思わず志水と顔を見合わせる。そう!と何故か楽しげに天羽は両手を打ち鳴らした。
「要するに、志水くんが綺麗で可愛いからいけないのよ! もう少しさ、男らしくって言うか大人っぽくっていうか、そういう雰囲気を志水くんが醸し出せれば、きっと、もっと恋人らしく見えるんだよ!」
「……………………えー?」
ウキウキと提案した天羽に、げんなりとした様子の香穂子が、しかめっ面で不服の意を示した。
「何で志水くんだけ? ここは私の方がもうちょっと可愛らしくとか大人っぽくって言われるべきところなんじゃ……」
「いーや、違うね!」
自信たっぷりに、天羽は香穂子の言葉を否定する。片手で志水を示しつつ、妙に真面目な表情で天羽は言った。
「志水くんは、はっきり言って、綺麗で可愛い! 入学時にオネエサマたちの心を虜にしたこの美貌を、男性的な魅力へとシフトするのよ! 大丈夫、ノープロブレム! 元々の素材はいいんだから、後はその活かし方よ! どうよ?志水くん!」
一息で言い切って、天羽は話題の鉾先を我関せずの様子でいた志水へと向ける。のんびりと瞬きをした志水が、「僕ですか?」と尋ねた。
「そう。ちょっとこの猫っ毛をぴしっとまとめてみるとか、きっちり着ている制服をワイルドに崩してみるとかね! いつもとちょっと違った男らしい雰囲気で、香穂に似合いの恋人として周知のものになるのよ!」
ぼんやりと天羽を見上げる志水の横顔を、はらはらとした表情で香穂子が見つめている。そんな香穂子にちらりと視線をやって、それからまた、天羽へと視線を戻して。
……考えてみます、と志水は呟いた。
「……首尾は上々?」
香穂子と志水が手に手を取ってカフェテリアを後にして、しばらくの間を置いて、仕切り越しに側の席に座っていた人物が、テーブルの間を回って、天羽の隣の椅子へ腰を下ろした。音楽科2年、森真奈美。科が違っていても妙に天羽と気の合う、ある意味悪友だ。
「どーだろ? でも、志水くん自身は自分の外見にてんで無頓着だからねえ……」
駅前通りの品揃えがいい小さな本屋の店主のおばさんが、店に訪れた男女に対して、それが夫婦であろうが級友であろうがはたまた因縁の対決の相手であろうが、全てを親類としてしか表現しないのは、知る人ぞ知る話で。
いつも恥ずかしげもなく手を繋いで登校して来るような香穂子と志水が、誰がどう見ても幸せな恋人同士にしか見えないのも、周知の事実である。
だが、密かに観賞用として気に入っている見目麗しい後輩の、イメージチェンジな姿を見てみたいというミーハー心も、時には満たしておきたい訳で。
「まあ私らが幾ら言ったって無駄だろうけど、香穂を理由にすれば、さすがに違うと思うんだけど」
事実、志水は天羽の無茶振りの提案を、即行で退けることはしなかった。これが正攻法で行っていれば、一刀両断で却下されていたことだろう。
ちなみに、香穂子が件の本屋で志水と自分と姉弟と見間違われて落ち込んでいることを天羽から聞いて、今回の志水イメージチェンジ作戦を考え出したのは、森である。
「天羽よ、そちも悪よのう」
「いえいえ、森様こそ」
お決まりの悪代官と越後屋の台詞で、自分たちの趣味心を満たすことには無駄なくらいに誠実な二人は、にやりとほくそ笑み合うのだった。
「……あ、あれ?」
翌朝、迎えに来た志水の前に立った香穂子は、不思議に思いながら彼の足元から頭の天辺までをじいっと眺めやった。
ふわふわの髪と、まだ眠そうな綺麗な顔。
きっちりと着込んだ制服の片方の腕に、しっかりと重そうなチェロを抱えて……。
香穂子の家の前に立つ志水は、普段とこれっぽっちも変わりがなかった。
「昨日、天羽ちゃんに言われて……」
てっきり、何かをして来るのかと思ったのに、と呟いた香穂子に、志水はああ、と何事もなかったかのように笑った。
「天羽先輩が言ったように、少しでも先輩と釣り合うようにするべきかって考えて……別にいいやって思いました」
誰が何と言おうと。
第三者から見て、自分たちがどういう関係に見えても。
志水は香穂子が好きで。
香穂子は志水が好きで。
それを、決して見失わないこと。
何よりも一番大切なことは、そんな単純なことだ。
曇りのない笑みで。
迷いのない言葉で。
そう告げた、いつもどおりの志水に。
「……そうだよね!」
香穂子は納得して、にっこりと笑い返した。
こうして、天羽と森の儚くも邪な野望は、呆気無く潰えたのである。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.9.21】
元々書く予定ではなかった話なので、どうせならと思いきり遊んでやりました(笑)
天羽ちゃん、森さんコンビは高校生活が楽しそうですね(笑)本屋のおばちゃんのモデルは、うちの会社の先輩だったりします。


