You are my Diamond

志水×日野

 私服姿の、香穂子の胸元にある輝きに、志水はその時、初めて気付いた。
 少しだけ身を屈めて、まじまじと見つめると、小さな花の形をしたペンダントのヘッドが揺れて、太陽の光を反射したところだった。
 一方、突然自分の胸元辺りを見つめられた香穂子の方は、何事かと半歩後ずさる。上目遣いに香穂子の顔を見る志水が、「……ダイヤ?」と問いかけた。
「えっ? ……あ」
 志水の顔とその視線の先にある透明な石で出来た花とを見比べて、香穂子はようやく合点がいく。指先に繊細なチェーンを引っ掛けて、「まさか」と苦笑した。
「ただの、ガラス。さすがにこんなに大きなダイヤは、私のお小遣いじゃ買えないよ」
「そう……なんですか?」
 別に、志水は宝石類に詳しいわけじゃない。乏しい知識の中から、色と雰囲気で思い付いた石の名前を呟いてみただけだ。
「でも、こういうのは石のお値段の問題じゃないから。私が気に入ってるんだから、安物だけど、それでいいの」
 そう言った香穂子に、志水もはい、と頷いて微笑む。
「香穂先輩に、よく似合ってます」
 思ったことを素直に告げると、嬉しそうに頬を染めた香穂子が、にっこりと笑った。

「そういえば……」
 人込みの中を歩いていると、いろんな人にぶつかるので、どちらからともなく、香穂子と志水は手を繋ぐ。少しだけ先程よりも距離が近付いて、そのためか少し声のトーンを落とした志水が、内緒話をするみたいに香穂子の耳にだけ届くように、そっと呟いた。
「ダイヤモンドは、ダイヤモンドでしか磨けないって聞いたことがあります」
「え? そうなの?」
 いろんな情報を拾って、自分の心の中に溜め込んでいる志水は、何をきっかけにしてその心の引き出しの中から話題を取り出して来るかが想像つかない。石の見分けはつかないにしても、妙な知識を持っている志水に、香穂子は目を丸くした。
「ダイヤモンドって、一番硬い鉱石だから。他の素材だと、ダイヤに負けちゃうらしいです」
「ふうん。……なるほど、そうなんだ……」
 感心したように香穂子が真面目な顔で頷く。
 こんな、どうでもいい話なのに、香穂子は真面目に受け止めて、返してくれた。
 そういえば、と志水は思い返す。
 ……香穂子という存在を心地いいと実感したのは。
 素直なヴァイオリンの音色、それもそうだったのだけれど。
 彼女の、こういう部分。……だったような気がする。

 志水の言葉は、誰かのために語られるものじゃなく。
 自分の中で渦巻く混沌の中から、最優先すべきものを拾い上げたもの、それが言葉になる。
 だから、周りにいる他人たちには、志水の話すことがよく分からないと言われる。脈絡がなさ過ぎて、唐突で。更に、全てが志水基準だから、理解し辛くて。
 それなのに、香穂子はいつだって、そんな志水の言葉を真直ぐに受け止めてくれていた。分からなくても、理解出来なくても、根気良く目線を揃えて、真正面から志水を見返して。そうしようと思うことすら、きっと遠回りで面倒な手間暇だったと思うのに、香穂子はいつだって、その労力を惜しまない。

 同じ硬度、同じ輝きで。
 ぶつかって、磨き合って、研ぎ澄まされていく感性。
 誰も触れてはくれなくて、理解しようとしてはくれなかった、志水の生きる、志水だけの世界。
 そこに、香穂子が触れてくれた。
 たくさん、いろんなものが積み上がって、膨れ上がって、志水自身ですら何がどこにあるのかが分からなくなっていた世界に、香穂子が踏み込んでくれた。その中にあるものを、一つ一つ指差して、丁寧に教えてくれた。
 そうして見えて来た、志水の中の大切なもの。
 志水が目指す、大事に握りしめるべき、光。

(香穂先輩が、僕に負けないから。……僕より、特別なわけでもないから)
 志水に呑み込まれるのでもなく。
 志水を呑み込むのでもなく。
 同じ想いでいてくれるから。
 志水と香穂子は、お互いに疲弊することなく。
 一番自然なペースで、肩を並べて歩いていける。
 ……そう。
(僕は、貴女がいるから、輝ける)

「僕は、香穂先輩のダイヤモンドになれるかな……?」
 ぽつりと呟いた言葉は、辺りの喧噪にかき消されて、香穂子の鼓膜に届かない。怪訝な顔で、志水の顔を覗き込むようにして「何?」と尋ねた香穂子に、志水はふるふると首を横に振った。
「……何でもないんです」


 分かることは、彼女が志水にとって。
 志水の感性を研ぎ澄ます、……志水の音楽に輝きを与える。
 そういう存在であるということだけ。
 それが、とても幸せなことだと志水は想うから。

 『今』は、そうではなくても。
 ……『いつか』は。

 貴女を輝かせるたった一つのものに。
 貴女が、その胸元で大切に抱き締めるものに。
 いつかなりたいと。そう願うだけ。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.8.13】

ダイヤはダイヤでしか磨けない……というのは、何かの漫画にありましたね。
宝石物に興味はなさそうだから、透明でキラキラしてたら、志水は安易にダイヤとか言いそうで、そんな会話をさせてみたり。
志水は冗談とかあんまり考えずに、言われたことを素直にすとんと受け止めて受け入れちゃいそうな気がしますね。
そんで後でごたごたを起こしそうな(笑)

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