ジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めた格好の土浦が、軽くコートにボールを弾ませる。狙いを付けてゴールに向けてボールを放ると、綺麗な放物線を描いたバスケットボールはすとんと音もなくネットを揺らした。
「うん、一応そのつもり。やりたいことも見つかったし、受験の準備を考えるとアタマ痛いけど、でももう、やるっきゃないよね~」
土浦を真似て火原がボールを放ると、がつんと音を立ててリングに当たったものの、うまく跳ね返ってネットの中にボールが落ちた。先輩の面目が保たれたことに、内心火原はほっと息を付く。
「ホントは、ずっとここにいれたらいいんだけどね。永遠に高校生ってわけには、いかないからさ」
ゴール付近に転がったボールを追いかけて、ドリブルしながら戻って来ると、待っていた土浦は、何だか少し意外そうな顔をしていた。
「……何? 土浦」
「ああ。……いえ」
首を傾げて火原が尋ねると、一つ瞬きをして我に返った土浦が、曖昧に言葉を濁す。
「意外に、何だかんだ言いながらも、ちゃんと現実を見てるんだなって、ちょっと感心しました」
「意外に、が余計だよ!」
真面目に呟く土浦に、憤慨して火原が抗議する。地団駄を踏んだ拍子に火原の爪先にぶつかって、あらぬ方向へ転がったボールを、そこにいた第三者の両手が拾い上げた。
「でも僕も意外だなあ。……火原さんは、永遠に続いていくものを信じてる人だと思ってました」
にっこりと笑った加地が、その位置からひょいっと、シュートを放る。先程の土浦のように、音もなくネットにボールが吸い込まれる完璧なシュートで、つくづくイヤな後輩たちだなあと火原はひとりごちた。
「ああ、何となく分かる、それ。ずっと高校生でいたいとか、平気で言うもんな、火原先輩」
指を鳴らして土浦が納得する。ふふっと笑い、さしずめ永遠の少年、ピーターパンかな?と首を傾げた加地はそれでも、と話を続けた。
「そう出来たらいい、と願う時点で、火原さんはそれが不可能だってことを本当は、知ってるんだよ。永遠なんてないって知っている。……ロマンチストかと思えば、火原さんは意外にリアリストだってことですよね」
ね?と加地が火原を伺う。
眉間に深い皺を刻んで、火原はむうっと口を尖らせた。
「分かんないよ、そんなこと。深く考えたこともないしさ」
だけど、と火原は言葉を切った。
「永遠なんてないってことは、おれだって、ちゃんと知ってるよ」
「うーん、何だか皆で、難しいこと言ってますね」
考え込むように眉根を寄せて、香穂子が顔をしかめる。ずり落ちそうになるマフラーを、唇付近まで持ち上げて、小さな溜息を付いた。
「むずかしいかな?」
火原が首を傾げると、もう一度香穂子がうーんと唸る。
「じゃ、なければ。加地くんの言う通り、現実的なこと?」
永遠なんてない。
変わらないものはないし、留まり続けるものはない。
それは、まぎれもなく真実なのだけれど、そう割り切ってしまうことが少しだけ寂しいと思うのは。
香穂子がまだ『永遠』を信じたいと願うからなのかもしれない。
「確かに夢も希望もないけどさ。おれはそれ、見たことないし。……あ、でも、だからって、おれも単純に割り切ってるわけじゃないよ?」
慌てて付け加えた火原に、香穂子は苦笑して頷く。
加地の言うことはいつもちょっとだけ難しくて分かりにくい時があるのだけれど、火原から聞いた今日の加地の言葉は、香穂子にも理解が出来た。
永遠というものを本気で信じていられるロマンチストなら、永遠を『願う』ことはない。
何の影響を受けることもない不変を、疑うことなく盲目に信じていられるだろう。
「……でもね、香穂ちゃん」
「はい……」
少しだけ、寂しげな低い声。
いつになく真剣な火原の声に、香穂子は笑いをおさめ、困惑しながらも応じた。
「おれ……本当の意味で『永遠』なんてないんだって分かったのは。……きみに出逢ったからなのかもしれない……」
ずっとこのままでいられないことは知っていた。
それでも、彼女に出逢う前の火原は、『永遠』というものがあることを、信じて疑っていなかったような気がする。だからこそ、簡単にその言葉は、火原の唇からこぼれ落ちていた。
だけど。
まだ彼女に片想いをしていた頃、何かの偶然で繋いでしまった手を、別れ際に離さなければいけなくなったその時に。
火原に突然、『現実』というものがのしかかってきた。
彼女の手は、小さくて柔らかくて。
とても、暖かくて。
心地よくて、離したくなかった。
今ここで、離さなければならないのなら、次に、またどこかで、彼女と手を繋ぎたいと願った。
そう考えていて、火原は愕然としたのだ。
(……次って、いつ?)
香穂子は優しいから。
手を繋ぎたいと火原が願えば、叶えてくれないことはないのだろう。
でも、それはただの火原の願いで、希望でしかなくて。
香穂子本人が嫌がらない保証は、どこにもない。
(今、この手を離してしまったら)
(おれは二度と、彼女と手を繋ぐことはないのかもしれない)
彼女の手に触れた時の、感動と高揚感。
繋いでいた間、火原の心を満たしていた幸福感は。
もう、二度と元には戻らない。
「……先輩」
困惑したままの香穂子の声。
何を告げていいのか分からずに、ただ彼女は口籠る。
そんな香穂子に苦笑して、火原は彼女に身を寄せる。手の届くところにある彼女の手に、そっと触れて。
大事に、大事にぎゅっと握る。
「永遠なんてないよ。香穂ちゃんちに着いたら、おれはこの手を離さなきゃならない。それは現実で。どうしようもなくて。……でもおれは、それをちゃんと知ってるから。知らないよりも、大丈夫だと思うんだ」
今、手と手を繋ぐことの出来る幸せを、火原は知っている。
一度離してしまったら、二度と元には戻らないかもしれない現実を、分かっている。
彼女と手を繋ぐことは、そのたびに新鮮な幸せを与えられる奇跡。
だからこそ、火原は今、その小さな一つ一つを大事にしなければならないという真実を。
きっと、他の誰よりも。
正しく、理解しているのだろう。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.9.16】
キャラソンの「if」を聴いた時に、ぼんやりと浮かんでいたネタ。体育会系トリオ(大笑)を書けたのが大変に満足。しれっと二年生組が火原を小馬鹿にしてる感が……!(もちろん愛情はたっぷりで)
火原が香穂子を好きになる理由が、こういうところにある気がするんですよね。自分の理想どおり、願いどおりに物事が進まないって「現実」を教えてくれる存在と言うか。
人によってはマイナスな印象に取りそうだけど、火原はむしろそれをプラスにするのではないかと。


