愛する人

衛藤×日野

 彼を、二つも年下だからどうと思ったことはない。
 まだ中学生といえども、はっきりと彼の口から教えてもらうまで分からなかったくらい、香穂子よりも随分しっかりしていると思う。
 その反面、あまり人や自分を庇わない怖いもの知らずの言動は、もしかしたらそういう若さがあるからなのかもしれないと、妙に納得した。
(多分、好きでいてくれてるんだよね?)
 それらしいことは言われたし、そもそも一緒にいれば、何となく相手が自分をどう思っているのかは分かるものだ。だが、香穂子は自分と衛藤との関係の在り方が不安だった。それは、彼が自分よりも二つも年下であるせいかとも思ったのだが、自分の心に問いかけてみると、どうも違うらしい。
(……そう言えば、付き合おうって、言われたっけ?)
 そう、確かにそれらしいことは言われた。だから、自分が彼を好きだと思うように、彼も自分を好きでいてくれるのだと思った。だけど、自分たちの関係に何か名前を付けるとすると、どんな名前を付けていいのか分からなくて。
 ……不安になる。


「……メンドくさ!」
 海岸通りで待ち合わせた衛藤は、香穂子が沈んでることにすぐに気がついた。気が乗らないんなら、ヴァイオリンの練習はやめとけよと心配されて、香穂子はふるふると首を横に振る。困ったように側に立つ衛藤に、香穂子は思い切って「私たちって、どういう関係なのかな?」と疑問をぶつけてみる。すると、返って来たのは、呆れたような声のそんな答えだった。
「いちいちそういうの、型にはめるもんなのか?」
「……分からない、けど」
 俯きがちに香穂子が呟く。
 確かに、お互いの気持ちを知っていて。
 それ以上も以下も、ないのかもしれない。その気持ちを知っているだけで、充分なのかもしれない。それでも、自分たちを「彼氏彼女」と呼んでいいかどうかに迷うのは。
 ……やっぱり、年上という香穂子が勝手に感じる負い目があるからなのかもしれない。
 ふう、と大きく息をつく衛藤が、香穂子の隣に腰掛ける。ベンチの背もたれに片腕を預けて、考え込むように視線を空に泳がせた。
「……あのさ」
「……うん」
「いちいちそういうことを考えてるのは面倒だって、俺は思うんだけどさ。何か、そうやって型にはめてみて。それで香穂子が安心するっていうんなら、俺は別にそれでいいんだぜ?」
 ……意固地で、頑なようにみえて。
 こんな、肝心な時に。妙に優しく負けてくれるから。
 余計に、香穂子の幼さが強調されるみたいで。
 嬉しいけれど、哀しくなる。
「……うう」
「……泣くなよ」
 思わずぎゅっと目を瞑って唸る香穂子に、困ったように衛藤が言った。大事なヴァイオリニストの掌を乗せて、慰めるみたいに、優しく頭を撫でてくれるから。
 きっと困らせるだけになる、子どもみたいな我侭を。言いたくなってしまう。
「衛藤くん……」
「……何だよ?」
「私のこと、……好き?」
 本当は、自分たちの関係がどうかなんてことを、言葉にしたかったんじゃなくて。
 ただ、それが聞きたかったんだ。
 衛藤に告げてみて初めて、香穂子はそんな自分の本心を知った。

 俯いたまま、香穂子は自分の爪先を見ている。衛藤の返事が怖い。
 衛藤は香穂子の視界の外で、少しだけ躊躇う気配を見せて。
 それでも歯にきぬ着せない、迷わない言動が持ち味の彼は、言い淀むことなく。
 はっきりと、香穂子に想いを伝えてくれる。

「……愛してるよ」

 俯いたまま、爪先を見つめる香穂子の目が、ゆるゆると見開かれる。
 真っ赤な顔でがばっと顔を上げて、香穂子はまじまじと衛藤の端正な顔を見つめる。
「あ、ああああ、あ、あ」
 あいしてるって!と香穂子がぱくぱくと、声なき声で叫んだ。
「何だよ。そんなに驚くことじゃないだろ?」
 俺、嘘は言ってないぜ? と、しれっと衛藤が言ってのけた。

 好きっていう言葉は、何にでも使うだろ?
 例えば、美味しい食べ物とかさ。……音楽にだってそうだよ。
 だから、あんたへの俺の気持ちを言葉にすると、「好き」って言葉じゃちょっとピントがずれる。
 愛してるって言葉が似合うよ。
 多分、俺が他の何かにこの言葉を使うとしたら。
 家族と、ヴァイオリンだけだと思うから。

「あんたは?」
「は、……ええ? 私!?」
 焦る香穂子に笑いながら、衛藤は手を伸ばす。
 香穂子が逃げられないように、しっかりとその手を掴まえた。
「本当は、前にも俺はちゃんと言ったんだぜ。『好きになったんだって言ったらどうする?』ってさ。だけど、ちゃんと応えてないのはあんたの方だよ」
 だって、どうする?って聞かれただけだったもん!という香穂子の抗議は虚しく蹴落とされる。
「今日は、ちゃんと言わないと、離さないぜ」
 香穂子の手を握る手に力を込めて、楽しそうに衛藤は笑う。
 手を掴まえられたまま、ああ、とか、でも、とか呟きながら迷っていた香穂子は。

 やがて観念したように、上目遣いに衛藤の目の中を覗き込む。
 反らさぬ視線で、しっかりと衛藤と同じ想いを、言葉にして衛藤に返す。

「私も。……衛藤くんを、愛してるよ」

 ああ、何てこと言わせるの。と。
 告げた次の瞬間には、その場を転がり回るような勢いで、香穂子がじたばたと足を踏み鳴らして照れたけど。

 これほどに可愛らしく、愛おしく。
 大切な人には、もう二度と出逢えないのだろうと。

 衛藤はただ、その僥倖を噛み締めるのだった。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.8.6】

強気な中坊(笑)案外、こういう強気の持ち主は、今まで書いていないような気がしますね。
志水以外は皆ヘタレっていうのが渡瀬の持論なんですが(笑)志水ともタイプが違うしな……。
何にしても、コルダキャラって年下の方が強気ですよね(笑)

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