Love letter/Last lover

衛藤×日野

 耳に掛けたヘッドフォンから、それなりの音量の音楽が流れている。
 普段の自分にはあまり馴染まないもの。……特にクラシックを優遇しているわけではないが、自分が深く関わる音楽はやはりヴァイオリンの音色だから、耳に入れる音楽も自然とそのジャンルに落ち着く。
 だが、今衛藤のヘッドフォンから流れているのは、人の声が主体の邦楽だ。学校の友人から無理矢理に押し付けられた音源だけれど、聴いてみればそんなに悪いものじゃない。
 私的な意見ではあるが、言葉のない音楽は、曲調がどうであれ好き勝手な自己解釈が可能だ。受け止める側の心情次第で明にも暗にも転ぶ。
 逆に、歌詞のある音楽は、イメージが固定されてしまう。曲解しようにも、言葉というものの解釈にはある程度の制限があるからだ。……だがその分、迷い様がない。
 耳から入り込む声は、大切な人を「最初で最後の恋人」だと叫ぶ。この言葉は悪くないと衛藤は思う。

 ……たかだか15年程度しか生きていない人生だ。
 細かな機微を知ることはなく、一人で地に足を着けて立っているように見えても、その実はたくさんの支えがあってこその現状だ。それが分からないほどに子どもではなく、素直に感謝出来るほどに大人でもない。
 そんな自分が、これが人生で最良の出逢いだなんて嘯くことは馬鹿げているのかもしれない。
 まだ、辿っていない道の方が長い。それなのに、彼女との出逢いが、最初で最後の出逢いだなんて。
 ……それでも。
 衛藤は、これが最初で最後の出逢いなのだと、半ば確信している。
 最初で最後の、恋人との出逢い。
 どんなに、先の未来を空想してみても、彼女の手を離し、別の誰かの手を取る自分というものが想像出来ない。彼女以上に心惹かれる人物と、出逢えるとは思えない。
(だって、15年かかったんだぜ?)
 本当に、心から好きだと思える女性との出逢い。
 生まれてこの方、抱いたことのなかった想い。
 万が一、同じ想いを抱ける違う出逢いがあるとしても、きっと倍以上の年月を費やす。そうして年を重ねる自分を想い描いた時に、別にもう、ここで決めてしまっても構わないんじゃないかと衛藤は思うのだ。
 ……長い人生を共に歩くパートナーを決める、そんな瞬間は、もう目の前に迫っているじゃないか。
 だったら、今掴まえたこの手が、最初で最後のものだと決めてしまったって、別に構わないはずだ。
 そんな本心を伝えたら。
 きっと、彼女は驚いて。
 それから、嬉しそうに笑って。だけど。
 「簡単に衛藤くんの人生の選択を狭めちゃったら、勿体無いよ」と嗜められるような気がするけれど。

(あんたは俺の、『最初で最後の恋人』なんだ)
 衛藤が今まで知らなかった気持ちをくれた。
 そして、優しい気持ちを返してくれた。
 可愛いとか、一緒にいて楽しいとか。そういう気持ちは今までに出逢った誰かに、抱いたことがなかったわけじゃない。
 でも、彼女に対して衛藤が抱いた気持ちは、全部生まれて初めて感じるもの。
 大切にしたいとか。
 ……愛おしいとか。
 嬉しい、楽しいとか、簡単に一つ方向の気持ちだけでは完結できない想い。どんな感情にも、暖かさとほんの少しの切なさと。複雑な想いが入り交じる。
(それを、あんたに伝えられたら)
 彼女がいつだって。
 ヴァイオリンの音色を持って、衛藤に教えてくれたように。

「衛藤くん?」
 間近で、伺うような微かな声。
 はっと我に返って、衛藤が傍らを見下ろす。頭一つ分低い香穂子が、衛藤を覗き込むようにして見ていた。
「お待たせ。ごめんね、遅れて」
「……別に、いいよ」
 あんたを待つのは嫌いじゃないから。
 そんな本音は、無理に伝えるようなものじゃないから、心の奥に呑み込んで。

 分かりやすい、言葉の羅列。
 逸脱しようのない想いの行き先。
 耳から入り込む、ストレートな感情。

 バンドサウンドにアレンジを加えて、自分自身で奏でることは難しいけれど。
 いつかこの音楽を、ヴァイオリンで伝えることは出来るだろうか。
 きっと、香穂子は根源を知らなくて。
 この音楽を与えられても、その意味なんて分かりはしないのだろうけど。
 ……例えば、この曲じゃなくったって構わない。
 ただ、自分の心にぴったりの。
 この世の中にたくさん、無造作に溢れて来る様々な楽曲の中の一つを、彼女へ贈ることが出来たなら。

「衛藤くん、何聴いてたの?」
 香穂子の登場で、ヘッドフォンから流れる音楽で隔絶していた衛藤の世界が開かれる。
 ヘッドフォンを首に落として、音楽を途切れさせた衛藤に、興味深げな香穂子が尋ねて来た。
 衛藤は、少し考える。
 間違いじゃない、当たり障りのない答えを呟いた。

「……恋のウタ」


 衛藤の人生の中で、最初で最後の恋人へ。
 いつか、言葉のない、いくらでも受け取る者次第で解釈の変わる、ヴァイオリンで綴られた恋文を贈る。
 この曲を知らない香穂子には、多分衛藤の本心は、分からないのだろうけど。
 知っている衛藤は、迷い様のない言葉を胸に抱いて。
 恋の歌を、自分の音色で歌い上げる。


 世界中に公言したって恥ずかしくない。
 胸を張って、彼女を好きだと吐いてやる。

 それは、少しも揺らぐことのない。
 偽りのない、衛藤の本心なのだから。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.7.26】

渡瀬に「最後の恋人」って言葉を聞かせると、某バンドさんの曲しか出て来ないんで、ここで衛藤が聴いてるのもその曲です(笑)
もしかしたら、どちらかを選ぶお題だったのかなと思いつつも、両方を混ぜ込んで書きました。
本当は、衛藤はまだ「最後の恋人」に「恋文」を送る年齢ではないのでしょうが(笑)

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