いつだって、涼やかな色をしている、けど。
放課後、二人で並んで辿る帰り道。
秋が近付いたこの頃は、この時間には既に夕暮れが始まっていて。
空が一面、茜色に染まる。目に鮮やかな暖色の景色。
香穂子は、何気なく顔を上げて、隣を歩く青年の横顔を見る。暖かな色に縁取られる、端正な横顔。
蒼味がかったさらさらと額に落ちる前髪が、周りの茜色に透けて。
とても、綺麗だと思った。
「……香穂子?」
思わずじいっと魅入ってしまった香穂子の視線に、月森はすぐに気がつく。怪訝な表情で香穂子を見下ろした。
「……えっ……あ、うわ……ご、ごめん!」
突然真正面から見つめられて、香穂子は我に返り、慌てて視線を反らす。呆然と彼に魅入っていたことを知られた恥ずかしさで、頬が赤く染まるのが分かる。
せめて、この頬が染まる理由が、鮮やかな夕焼けのせいだと、彼がそう思ってくれるといいのだけれど。
月森に視線を戻せなくて、祈るように願う香穂子の傍らで、月森が微かに、息をつくように笑う気配がする。それでも振り仰げない香穂子の、ヴァイオリンを持っていない右手に、月森の冷たい指先が、そっと触れた。
「……何を考えた?」
柔らかく、穏やかな月森の声。
彼のこんな優しい声を聞くことは、おそらくは香穂子だけに許される特権だ。
「べ、別に何も……」
「そうか?……その割には、随分と頬が赤い。……夕焼けに照らされていることを、差引いても、だ」
香穂子が使いそうな言い訳を予測して、月森は先回りして、逃げ道を塞ぐ。
ぐ、と言葉を呑んだ香穂子が、しばらく黙り込んで。そうして、諦めたように溜息をつく。
「……月森くんには、夕焼けが似合うなあって。……そんなことを考えたの」
「俺に?」
意外な言葉を聞いた、という表情で片眉を上げた月森に、うん、と香穂子が頷いた。
「月森くんは、ぱっと見の印象は、どちらかといえば、涼やかな印象だと思うのね」
一度口火を切ってしまえば、胸の内に溜め込むことをしない香穂子はとても饒舌になる。余計な相づちは挟まずに、月森は香穂子が紡ぐ言葉を、ただ待ってみる。
「だけど、私が知ってる本当の月森くんは、優しくて暖かい人なの。まるで、夕焼けの空の色みたいな。……そう思ったら、月森くんが夕焼けの景色の中にいるのって、すごく似合うって思った」
素直でまっすぐな香穂子の言葉は、何の躊躇いもなく、すとんと心の中に落ちてきて。
他の誰かの言葉なら、馬鹿にされたとか、からかわれたんじゃないかと穿って見てしまいそうな、そんな言葉でも。
何の抵抗もなく、受け入れてしまう。
「似合うから、今ここにいる月森くんがすっごく綺麗で。……って、綺麗って男の子に言っちゃ駄目かもしれないけど、本当にそうだったの。だから、思わず見とれちゃって……」
そこまですらすらと白状して、香穂子ははっと我に返った。言い過ぎていることに気がついて言葉を切り、ようやくちらりと月森を仰ぎ見る。
そして思わず息を呑む。
香穂子の言葉に、少しだけ照れくさそうに頬を染めて。
柔らかな微笑を浮かべて、僅かに目を細めて、月森は香穂子を見つめている。
その微笑みの暖かさ。
そして、この上ないほどの甘さに。
香穂子は目を奪われる。
夕焼けの空を背に、逆光を浴びて。
真直ぐに香穂子を見つめる月森の表情の美しさに。
まるで、一枚の絵を見ているようだと。
香穂子は、小さく感嘆に似た溜息をついた。
「……そう言う君にも、夕焼けが似合う」
一枚の止め絵がふと動いて、現実へと還る。
香穂子の手を取った指先が、香穂子の手を解放して。そして、その冷たい指先は、次に香穂子の頬へと伸ばされた。優しく頬に触れた心地いい冷たさに、香穂子が微かに身を竦める。
夕焼けの茜色をその白い肌に映し。
赤味がかった長い髪に、その色を溶かす。
西日に照らされて、大きな瞳でまっすぐに月森の姿を映す香穂子こそが。
月森にとって、とても暖かく美しいもの。
「とても、綺麗だ」
ふわりと月森が微笑う。
その笑顔のこれ以上にないくらいの甘さに、また香穂子が思考を奪われてしまう隙に。
夕暮れの暖かさを写し取った、綺麗な輪郭を持つ唇は、ゆっくりと降りて来て。
同じ熱を、香穂子の柔らかな唇へと分け与えてくれた。
あとがきという名の言い訳
甘めに甘めに~と呪文のように頭の中で唱えつつ、書いておりましたとさ。
お天気のいい日、空一面に真っ赤に染まる夕焼けの風景というのは圧巻という気がします。「圧巻だ」って思える夕焼けも、そうそう頻繁にあるわけじゃないんですが。


