日野香穂子という少女は、とても『分かりやすい』。
嬉しい時には嬉しい顔をしているし、何か嫌なことがあった時には、多少不機嫌だったり、がっくり肩を落としていたりする。
感情の起伏が、外側から見て分かりやすい。だからこそ、付け込む隙が多いのではないか、と。
無駄なくらい頑に、誰も入り込ませないように外側を覆ってる月森などは思うのだけれど。
「そんなに素直に何もかもを晒したりはしてないよ?」
何かの話のついで。「君は、素直なんだな」と言ってみたら、香穂子はきょとんとしてそんなことないよ、と答えた。
「そうか?……俺はむしろ、こんなふうだから。君という人間は何も怖がらずに全てをオープンにしているように見える」
コンクールを通じて、話をするようになって。
月森はこの少女にだけは少しだけ本心を曝せるようになった。
この少女は、例え月森が弱かったり駄目だったりしても。
それをネタにして、月森を傷付けたりはしないから。
……そう、月森が思えるのも。
香穂子が嘘をつかないからだ。
誤魔化したり、躱したりしない。
柔軟に全ての事を受け止めて、呑み込んでしまう。
その素直さが、彼女の表の部分にも現れているのだと思う。
「うん……まあ、あんまり溜め込めないから、隠してるつもりだけど表に出ちゃうってのはあるけどね」
困ったように笑って、香穂子は頷く。
でもねえ、と考え込むように視線を空に向けた。
「あんまり、暗いこととか、ヘコむこととかは口にしたりはしないなあ。……それは、単純に、そんなの口に出しても解決しないって思うからなんだけど」
ぱちり、と月森は大きく瞬きをする。
……目から鱗とは、このことだと実感する。
確かに、喜びや怒りや、嬉しかったこと、がっかりしたこと。
そういう感情は素直に表に出てくるのだけれど。
香穂子はあまり、どうしようもない愚痴を言ったり、我侭を口にしたりすることがない。
……普通科からのコンクールへの大抜擢。
出逢って最初の頃の自分がそうであったように、日々を懸命に音楽に費やす音楽科の生徒を差し置いて、目の前の少女が選ばれたことに対する不満は、あちらこちらで耳にした。
今でこそ、彼女がこのコンクールに参加した、その意味も。
朧げながら、分かるのだけれど。
それでも、単なる同じコンクールの参加者でしかない自分ですら、コンクール当初の彼女の風当たりはものすごいものがあったことを知っている。当人である彼女が、それを知らないわけはないはずだ。
ヴァイオリン素人だった香穂子は、コンクール当初から指示を求めて月森を追いかけていたが、ヴァイオリンの演奏が上手くいかなくて、がっくりと落ち込んでいることはあったけど、誰かに何かをされたからといって愚痴を言ったことは一度もない。
「……君は、すごいな」
思わず感心してそう呟いたら。
香穂子は恥ずかしそうに、小さく笑った。
「そうかなあ」
君は強いから。
素直に生きることができるんだ。
「……俺にも、出来るだろうか?」
「え?何が」
ぽつりと呟いた言葉に、香穂子が尋ね返す。
「君みたいに生きること」
月森くんが?と、驚いたように目を見開いて。
そして、数秒後に。
嬉しそうな笑顔になる。
「私みたいにならなくていいと思うけど。……月森くんが、月森くんの気持ちに素直に、生きてくれればいいと思うよ」
今すぐには無理だけど。
もう少し、時が経てば。
頑な自分の心も、少しは内側の強度を増して。
逆に、自分の外側に築き上げた壁を、解いていければいい。
そして、その強さを手にした時に。
俺は、きちんと言えるだろうか。
俺が俺の気持ちに素直に生きることを願ってくれる。
君が好きだということを。
あとがきという名の言い訳
月森に合うような合わないようなお題……(笑)
素直さって、月森に必要だと思うけど、意外に縁遠い気がしますね


