自分の中にあったなんて。
側にいる香穂子を遠く感じる時がある。
月森の気持ちが離れたわけではなく。
香穂子の気持ちが離れたわけではなく。
近付こう近付こうとする本能を。
何とか理性で押さえ付けて、彼女の側にある現実を、見ないようにするため。
時折、香穂子が不安そうに自分を見上げているのに気付くが、申し訳ないと思いながらも、月森はそんな香穂子の視線には気付かない振りをする。
(君を大切にしたいから)
(今は俺に、近付かないでくれ)
こんな醜い気持ちが、自分の中にあったなんて。
香穂子を好きになるまで、知らなかった。
香穂子の想いを知るまでは、確かに彼女という存在を望んではいたけれど。
こんなに焼け付くような想いじゃなかった。
甘くて、少しだけ苦さを含んだような。
穏やかで、優しい想いだった。
「……月森くん?」
業を煮やしたように、隣で月森を見上げて、香穂子が月森を呼んだ。
心配そうな、不安そうな声。
ただ、それだけの声なのに。
彼女の声が、自分の名を呼ぶというだけで。
閉じ込めた感情が、飛び出してしまいそうになるんだ。
「月森くん……あの」
思い切ったように香穂子が月森のジャケットの袖を掴んで、無理矢理に月森の足を止めさせた。
意外なほどの強い力に、思わず月森も足を止めてしまうが、そうして月森の袖を掴んだ香穂子の指先が、力を込め過ぎて、血の気を失っていることに息を呑む。
「私……何か、月森くんが嫌なこと、したりした……?」
指先を震わせて。
声までも震わせて、香穂子が尋ねる。
彼女を傷つける自分自身に嫌悪感を覚えるのに。
それでも、それすらも凌駕しようとする欲望に。
流されないように、踏み止まるのが精一杯で。
……彼女を慰めるための、嘘すらつけない。
「君が悪いことは、何もない」
この言葉は嘘じゃない。嘘じゃないけれど、彼女の涙に潤む目を、真直ぐには見られない。
彼女が自分の袖を掴む、その手を取って。
月森は無理矢理に、香穂子の束縛を外した。
「……嘘」
騙せないことは分かっていた。
自分より、ずっと誰かの気持ちに聡い、彼女の事だから。
でも、何よりも彼女を護る為にこそ。
今は、真実からは目を反らして欲しいのに。
「月森くん、最近全然私のこと見ない。……私、何か月森くんを傷つけることをしたんじゃないの? だったら、遠慮しないで言って」
懸命に月森を見上げ、香穂子が言う。
「分からないまま、月森くんに嫌われるのはいやだよ。そりゃ、私にも譲れないことならあるけど。でも譲ってでも月森くんと一緒にいたいって思えることだったら、絶対に治すから!」
ああ、本当に。
君はどこまで、愚かで。
……そして、どこまで愛おしいんだろう。
そして、その愛おしさで。
君は、俺を狂わせるんだ。
こんなふうに。
焼け付くように醜い想いを。
抱くのは、全て君の為だから。
俺の望みを叶えるというのなら。
君は、この醜い俺すらも。
……全て、受け入れるべきだろう。
「……!」
突然の抱擁に、香穂子が腕の中で、息を呑むのが分かった。
そんな彼女の戸惑いは全て見ない振りで、月森はただ、香穂子を抱き締める両腕に力を込める。
「……本当に?」
「……え?」
低い声で月森が囁くと、驚いたように香穂子が尋ね返す。
「本当に、俺の希望を、君は叶えてくれるのか」
低く、小さく。
香穂子にしか聴こえない声。
だけどこれ以上ないほどに。
強く。そして、切実な声。
香穂子の手が、躊躇いがちに。
月森の背中へと回される。
「……私にできることなら」
息をつくように、呟いて。
香穂子が、ゆっくりと目を閉じた。
きっとこれは。
君にしか叶えられない。
だからこそ、どうか。
……俺の願いを、拒まないで。
抱き潰してしまいそうなほどに、彼女を捕らえる両腕に力を込めて。
月森は、断罪の声を聞くような思いで。
きつく、両目を閉じた。
「……君が、欲しい」
それは、酷く欲望に満ちた。
焼け付くように、強く。
直視出来ないくらいに、醜い。
そんな、どこまでも純粋な想い。
あとがきという名の言い訳
この話は今回の企画で渡瀬が書いたものの中で、異質に出来上がりましたね。(月森のお題1もそうかな) この二人の初々しい部分は書き尽くした感があるものでね!(笑) でもまあ、いろいろな雰囲気を楽しんでもらえたらいいのではないかと思います。


