『終わり』に心は萎える。
彼女はその名前のとおり、まるで太陽のような存在なのだと。
柄でもないことを思ったり、する。
彼女と付き合うようになって、分かったことは。
変に無理をしなくても、日常の他愛無いことが幸せだと思えるということ。
確かに、過去に別の誰かと心を通わせた時はあったのだけれど。
それが、酷く互いに食い違っていたということ。
それでも、あの頃はそんな幼い感情を『恋』だと分別していたのだから、随分と『恋』を勘違いしていたんだと実感する。
こんなに感情の全てを持っていかれるなんて。
正直、予測していなかったんだ。
「じゃあ、土浦くん。また明日ね」
いつものように、香穂子を自宅まで送り届けると、門扉の向こうで、香穂子が笑顔でひらりと片手を振る。微笑んで片手を上げて「また明日」と応じ、土浦は香穂子が家の中に入るのを見届けた。
……余談だが、付き合い始めの頃、香穂子が家の中に入るまで監視するという土浦と、土浦の姿が見えなくなるまで見送ると主張する香穂子とが、往来で最初の大喧嘩をやらかしたので、それ以来、じゃんけんで勝った土浦の案を採用して、香穂子が家の中に入るまで、土浦が見送ることに決めてある。
家の方へ爪先を向けゆっくりと歩き出しながら、土浦は目を細め、自分の進行方向、右側に見えている、茜色の空を見上げる。
夕焼けが、寂しい色だと言ったのは誰だったろう。
聞いた時には、随分と感傷的だと苦笑したが、今の自分ならその感情も理解出来てしまうと思うから不思議だ。
……ただ、香穂子からこの身が遠ざかる。
それだけのことなのに。
紺と茜色のグラデーションに、棚引いた雲が染まる。夕暮れの空。
今朝、起き抜けに見た窓越しの空も、同じような色をしていたのに、こんなに寂しい気持ちにはならなかった。
おそらく、香穂子という存在に出逢わなければ、抱くことのなかった愚か過ぎる感傷。
始まりの朝焼けは、とても昂揚した気持ちで。
これから訪れる新しい一日を待ちわびる。
彼女と過ごす時を思う。
終わっていく夕焼けは、ひどく寂しい気持ちで。
彼女のいない夜を過ごす自分を思う。
明日の朝まで、離れ離れになる現実を嘆く。
そんな気持ちを、いつもいつも感じるわけじゃない。
土浦は香穂子の存在のみで生きているわけじゃない。
彼女には彼女の、土浦に晒すことのない、彼女の人生があるように。
土浦にも、土浦だけの。
彼女には教えることのない人生もあるから。
全てを見せる必要も、知る必要もないと土浦は思う。
自分達は互いに違う人間だから。相容れない部分が、知り得ない部分があったっていい。
必要なのは、重なる場所、同じ部分で。
同じ幸せを、感じられるかどうかだろう。
だから、こんな柄でもない弱々しい感情も。
彼女だけは知らなくていい。
夕暮れは時と共に進化していく。
2色のグラデーション、紺の色がその面積を増やし、やがて景色は闇の色に染まっていく。
闇を厭うわけじゃない。光を賞賛するわけじゃない。
それぞれがそれぞれに、必要な役割がある。
……だけど。
(お前は、光だから)
ふと、暮れる路上で足を止めて。
天を仰ぎ、目を閉じて。
そして、土浦は香穂子を想う。
近付くと、暖かくて、眩しくて。
これから、どんな新しいことが始まるんだろうと、柄にもなく気持ちが昂揚する。
新しい一日の始まりに心が逸る。
そんな、朝焼けの風景のように。
遠ざかると、寂しくて、不安で。
何も見えなくなる。どうしていいか分からなくなる。
今日という一日の終わりに心が沈む。
そんな、夕暮れの風景のように。
だから。
……だからさ。
(……お前は、俺にとっての太陽みたいなんだよな)
面と向かって告げることのない、恥ずかしい想い。
誰にも聞かれることも覗かれることもない心の中だから、言える本心。
沢山の物を抱えて、歩いていこうとする土浦の。
息づく世界を照らす。
燃え尽きることのない、唯一絶対の光。
あとがきという名の言い訳
土浦らしくないかもだけど、渡瀬らしい話だなと自分で思う(笑)
基本が月日書きなので、どうしてもそこ路線から派生してしまうんですが、土浦と火原を書く時には意外に継続していくものを信じているような気がします。
月森、柚木はどこか刹那的で、志水はまずそういう基準がありません(笑)


