花のような…

志水×日野

 香穂子と待ち合わせた、人通りの絶えない駅前通り。
 待ち合わせの定番であるオブジェからは少し離れた場所、あまり訪れる人の邪魔にはならないよう、店鋪と店鋪の間の隙間に佇んで、志水は香穂子が人込みを掻き分けて、自分の目の前にあらわれる瞬間を待っていた。
 気持ち良く眠り過ぎて、寝坊しちゃ駄目だよ、とからかうように笑った昨日の香穂子を思い出す。
(僕、ちゃんと約束の時間前に来れたでしょう……?)
 少しだけ誇らしい気持ちでそう告げる時の香穂子の表情を想像してみる。
 驚いたり、笑ったり。
 喜んでくれるのかな。
(だって、早く香穂先輩に逢いたかったから)
 そう言ったら。
 少しだけ照れくさそうに頬を染めて。
 それでも、とても嬉しそうに。
 柔らかく、微笑ってくれるだろうか。

 いまだ、香穂子の姿は志水の目の前になくても。
 あの人の、些細な仕草一つ一つも、志水の心の中に焼き付いていて。
 簡単に。鮮明に。
 香穂子の姿を志水の脳裏に映し出した。

 その残像が、今の志水を幸せな気持ちにしてくれる。

 香穂子が何をしてくれる訳ではないのに。
 ……決して、浅ましく願うほどにはずっとずっと、側になんていられないのに。
 それが、どれほどもどかしくても。
 志水の心に小さな幸せの欠片を降り積もらせてくれるのは。
 ただ、志水と同じ気持ちでいてくれる、香穂子の存在だった。


 車の流れをせき止めた、狭い歩行者天国仕様の道路を挟んで向かい側。
 小さなCDショップに不似合いな、大きなスクリーンに流れる、志水には分からない、誰かの歌と映像。
 喧噪にかき消される歌はいらない。志水の耳元には、志水だけに聴こえる心地のいいヴァイオリンの音色と。
 そして、小刻みの沢山の想い出の中で繰り返す、柔らかなあの人の声がある。
 ただ、目の前に広がるモノクロームの映像が。
 ……言葉も音楽も、志水の耳には届かないけれど。
 視界に広がっている、無音の次々と変わっていく単色な画面が。
 志水の視線を釘付けにした。

 灰色の空、砂漠の上を歩く、一人きりの青年。
 黒い雨粒が、足下を塗り替えた。
 絶望に顔を歪め、青年は天を仰ぐ。

 ……そして、単色の世界に降り注ぐ光。
 黒ずんだ、砂ばかりの地面に射して。

 鮮やかな花が開く。


「……志水くん?」
 ぽん、と肩を叩かれて、志水ははっと我に返る。
 慌てて視線を向けると、辿り着いた私服姿の香穂子が、朗らかに笑っている。
「ごめんね、私の方が遅刻だね。随分待った?」
「……いえ」
 申し訳なさそうに上目遣いに志水を見る香穂子に、ふるふると首を横に振ってみせる。
 そしてもう一度、目の前のスクリーンに視線を上げると。

 降り注ぐ光の中で、小さな優しい色の花は、しっかりと頭を上げて、光の方角を見て。
 鮮やかに、咲き誇っていた。

「あ、新曲のPVだね」
 志水の視線を追って、CDショップのスクリーンを見上げた香穂子が、笑ってそう言った。
 ある意味片寄った部分にしか興味が持てない志水と違い、香穂子はどんな音楽も吸収することに抵抗がない。だから、当たり前のように目の前の映像を知っている。だから、香穂子はこの目の前の映像の意味も、沿う歌や音楽も。
 志水の知らない沢山の事を、知っているのだろうけれど。

 それでも、志水にも志水しか知り得ない。
 志水だけの真実を持っているから。

「……あの、花」
 いまだ画面上に咲き誇る花に指先を向けて。
 志水は、香穂子に向かって、ふわりと笑ってみせた。
「香穂先輩みたいです」

 モノクロームの単調な色彩。
 その色に染められた、誰も触れない、この上なく寂しいばかりの聖域。
 誰にもその場を脅かされたりはしないけれど。
 誰にも穢されることはないけれど。
 それ以上、何かが生まれることもない。

 そんな中に、ただ光の射す方角だけを見て。
 地面にしっかり根を張って、鮮やかに咲き誇る小さな小さな、花。
 柔らかな色彩は、いつしか単色の風景を染め変えて。
 輝く世界を造り出す。

(だから、僕にとっての貴女は)

 咲き誇る、色鮮やかな花のよう。




あとがきという名の言い訳 

自分が担当する志水お題の中では一番書きやすかった話です。書こうと思っていたものを結構すんなり全部まとめきったので…。
志水が観ているプロモには、一応参考映像があったりします。一部分捏造してますが(笑)
渡瀬の普段の趣味言動を振り返れば元を辿るのは容易いと思いますが、読まれた方は読まれた方の好きに空想してみてくださいませ。

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