突然、火原の背中にそれなりの重量のものがのしかかる。ばさりと雑誌が床に落ちる音がしたから、何となく予感がして、身体の動きを止めてみてよかった。
肩越しに振り返ってみると、斜めに火原の背中に頭を押し付けた、香穂子の柔らかそうな赤い髪のてっぺんが、火原の視界一杯に見えている。先程まで香穂子が読んでいた雑貨のカタログが、すぐ側に転がっていた。
「……結構器用だなあ」
苦笑して、火原は片手を伸ばして、香穂子が放り出した雑誌を手に取った。そして。
……そのままでは、自分がどんな体勢も取れないことに気がついた。
(……ええと)
指先で、こめかみをかりかりと掻いて。
数秒悩んでみた後、火原はまあいっか、と結論付ける。
ちょっとだけ、不自然な体勢で。
香穂子が無防備に預けた、その身体の大切な重みの全てを受け止めて。
どうしよう、と戸惑うけど。
その、香穂子の半身が触れている、自分の背中が。
彼女の温もりを与えられて。
とても、心地のいい暖かさだったから。
もう、それでいいじゃん。なんて。
ささやかな幸せに、浸ってみたりする。
無防備な背中に、背中を預けることって。
本当に心を許してなきゃ、出来ないことだよねって。
自分に都合のいい、自分勝手な解釈を。
心の中で、振りかざしてみたりして。
触れた背中から、すう、と香穂子がゆっくりと深い呼吸をする気配が伝わって。
それだけで、何だか幸せな気持ちになってしまうんだから。
男って、単純で。
楽な生き物なんだなって思ってしまう。
背中合わせで伝わる、そんな些細な温もりだけで。
君が、全てを俺に預けてくれるなんて。
そんな、甘美な勘違い。
「でも、こんな無防備に寝られちゃたら、おれ、彼氏の立場ないよ、香穂ちゃん」
ちょっとだけ、溜息と共に吐き出した、愚痴も込めた呟きは。
眠りの縁の香穂子に、きちんと届くだろうか。
(男扱いされてないんだったら、ちょっと落ち込んじゃうんだけど)
香穂子の意志に沿わない真似なんてしないけど。
それを理由に嫌われちゃったらって思うと、死にそうなくらい怖くなるから、必死の理性でざわつく心を押し止めて、君のつっかい棒の役割も果たすけど。
(一応、むらっときちゃう男心ってやつをさー)
分かってくれてたらと思うけど。
……この状態じゃ、無理かな。
諦めたようにひとり、苦笑して。
火原は立てた片膝に片手を置いて。
もう一度、それまで眺めていた雑誌に視線を落とす。
背中に預けられた、背中の温もりは。
もう、彼女が目覚めるまでは、そのままで。
(だって、おれ相手じゃなかったら、こんなに無防備なこと、やらないよね?)
それは、火原に全てを許す。
香穂子の、信頼の証でもあるのだろうから。
キスでもなく、抱き合うでも、繋がるでもない。
それでも、確かに自分達は触れ合っている。
彼女がそこにいる温もりだけは真実。
今はもう、この現状だけで。
少しだけ自惚れる火原の心は、充分に満ち足りている。
あとがきという名の言い訳
書いていて思ったのは、火原を書く時には長文が書けないということ(笑)
渡瀬の中の火原って、どうでもいいことで悩んでるんだけど、悩みの思考が長続きしないというか。
火原はまだ掴みにくい感があります。完全純朴青年路線と、意外に黒い路線、どっちに走ればいいですかねえ…(聞かれても)


