手を繋ぎたい

火原×日野

 どうしよう。
 たった数センチの距離なのに。

 埋めるのに、清水の舞台から飛び下りるくらいの勇気が、いる。




 告白をして。(発端は、むしろ香穂ちゃんが弾いてくれた『愛のあいさつ』だったけど)
 デートをして。(駅前のケーキ屋。……告白の前だったけど)
 付き合い始めの恋人同志って、次に何をすればいいのかなって考える。
 色々、妄想は頭の中で展開するんだけど、早過ぎるって思って、慌てて打ち消して。
 そうしたら。
 ……そうしたら、次は。
(手を繋ぎたいって)
 そう、思い付いたんだ。


 いつも荷物の多い香穂子なのに火原と並んで歩く時は、火原側の手には何も持っていないことに、ふと気がついた。ひらひらと、歩くのに合わせて揺れる白い、細い腕を何気なく見つめて、簡単に掴もうと思えば掴める位置にあるんだなあと思った。
(思い切ってやっちゃえば、なんてことないのにな)
 自分でも、ちゃんとそれが分かってるのに。
 もし、手を繋いだ瞬間に、香穂子が驚いて手を振り払ったり。
 嫌がるような仕草を見せたらと思うと。
「……いや、駄目駄目!絶対に出来ない!」
 背筋がすうっと冷たくなっていくようで、火原はふるふると首を横に振った。
「何が絶対出来ないんですか?」
「黙って香穂ちゃんと手を繋ぐことだよ!さらっと出来ちゃえばかっこいいけど、香穂ちゃんが嫌がったらって思ったら、無理、絶対無理!」
「……手、繋ぎたいんですか?」
「そりゃそうだよ!」
 ぐるん、と声のした方に視線を向けて。
 そして、一瞬の内に火原は真っ青になる。
 火原の視線の先で、笑いを噛み殺した顔で香穂子が、自分の空いている手の甲で、口元を塞いだ。
「……苦悩してるとこ、申し訳ないんですけど。……筒抜けです、火原先輩」
「ああもう、おれって……!」
 がっくりと肩を落とし、火原は思わずその場に頭を抱えて蹲った。くすくすと香穂子が笑う。
「恥ずかしい~~、ホント、駄目だな。おれって」
「うーん。というか、ね?聞いて、火原先輩?」
 蹲った火原の前に、腰を落として。
 そうして香穂子は両膝の上に頬杖をついて、火原の顔を覗き込む。
「先輩のそういうのはね。可愛くって、大好きだから、別にいいんです」
「……可愛いって」
 その言葉にもちょっとだけ、がっくりと肩が落ちるけど。その次の大好きの言葉で差引ゼロ。
「先輩が駄目なのは、そういう気持ちが全部自分だけのものって思い込んじゃってるってところです」
「……」
 意外な香穂子の言葉に、ぱちりと火原が瞬きをした。
 おそるおそる、香穂子の顔を見つめると、はにかむ香穂子が、首を傾げる。
「先輩が、手、繋ぎたいって思ってくれるように、私だって、先輩と手、繋ぎたいんです。だけど、図々しい女って思われたらどうしようって、怖くなるの」
「そんなこと、思わないよ」
「ね?だから」
 同じなんですよ、って笑って。
 香穂子が立ち上がる。
 頬を膨らませて、拗ねたようにそっぽを向く。
「……そう思って、火原先輩が手、繋ぎやすいようにって、ちゃんと火原先輩側の手を空けておくのに、全然先輩、そういう素振り見せてくれないんだもん」
 結構へこむんですよ、と。
 香穂子が溜息をついた。


「じゃあ、改めて」
 はい、と差し出された香穂子の白い小さな手を。
「失礼します」
 と恭しく頭を下げて。
 香穂子に笑われながら、そっと繋いでみる。
「……うわ」
 別に、女の子に触ったことが初めてってわけじゃないのに。
 自分とは違う、手触りや香りも、知っていたはずなのに。
(やっぱり、好きな子の手は違うんだな)
 そんな、当たり前といえば当たり前のことに。
 妙に、感心したりした。

 ぎこちなく手を繋いだまま、数mの距離を歩いてみる。
 だけど、しばらくの後、そんな火原に香穂子が苦笑する。

「先輩?……そんなに、壊れ物触るみたいに丁寧に繋がなくても。案外、強かったりするんですよ」

 私の手、と呟いて。
 火原の手を握り返す、香穂子の手が。

 もっと、しっかり繋がりたいという、確かな意志を込めて。
 ほんの少しだけ、力を増した。




あとがきという名の言い訳 

短い話なんですが、私的に書くのがめちゃめちゃ楽しかったです!
月日話なら、絶対に書けないテンションの話だからですかね(笑)香穂子がすっごくしっかりした子に見える……!
創作のキャラ設定は全部同じなので、香穂子も普通に迂闊な子なんですが(をい)輪をかけて火原が迂闊なんで、すごいしっかりさんに見えますね(笑)

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