朝焼け

火原×日野

 朝早めに起きて、昔とった何とやらで近所をジョギングするのは日課になっている。
 元は陸上部所属だったからこその習慣だったが、トランペットを始めてみて、意外にこの習慣が演奏にも役立っていることに気付いた。
 一生懸命やることに、無駄なものはないんだって。
 いつか役立つ時があるんだって。
 おかげで今は、そんなふうに思える。

 走り通して、休憩の意味合いも込めて、川沿いの土手を歩く。東側の空が徐々に赤く染まり、今日の一日が始まる瞬間を、この目に見る。

 早朝に走ることは、幼い頃から繰り返して来たことだから。
 朝焼けを見ることも、決して一度や二度のことなんかじゃないのに。
 それでも、どうしてだろう。
 最近は、この一日が始まる瞬間を。
 とても、大事なものとして見ている自分がいる。


(きっと、あの子がいるからだ)


 初めて、本当の意味で大切だって。
 護りたいって。
 そう思える存在が、出来たから。


 火原を取り巻く世界の何か大きなことが変わったわけじゃないのだと思う。
 相変わらず、毎朝毎朝、習慣で近所を走り。
 早く起きているのに、うっかり二度寝してしまったり、準備にもたついたりして、慌てふためきながら家を飛び出して。
 電車に揺られて、学校へ向かう。
 授業を受けて、部活に顔を出して。
 そうして、家路を辿る。
 そんな日常の繰返し。

 香穂子と付き合うようになって変わったのは。
 ただ、香穂子を迎えに行くという項目と。
 香穂子と一緒に帰るという、そんな小さな項目が。
 毎日繰り返す、当たり前の日常の合間に、するりと抵抗なく、入り込んだこと。

 変わったことを言葉にしてみれば、たったそれだけの事なのに。
 心は、確かに少し前の自分とは違っているんだ。

 それは、こんなにも神聖な気持ちで。
 朝焼けの風景を眺める心に現れる。

(また、一日が始まるんだ)

 彼女と過ごす、幸せな日々。
 何も、特別なことなんて起こらない。
 他愛無い会話と、時折触れ合うことだけで。
 今生きている幸福を、噛み締めるだけ。

 だけど、そんな当たり前のような幸福を手に入れる為に。
 彼女と、自分とが払って来た、努力とか、勇気とか。
 そういうものを知っている。

 想いを通わせることが、簡単なんかじゃないって。
 自分の経験として、ちゃんと知っているんだ。

(当たり前じゃない)

 変わり映えのない一日が、同じように始まるように見えても。
 たった一日だって。
 『同じ』一日はない。

「だから、こんなに綺麗なんだよね」

 誰もいない往来で、火原はひとり呟く。

 香穂ちゃんに伝えたら。
 私も朝焼け、見てみたいって。
 笑ってくれるかな。

 徐々に、明けていく空。
 新しい一日の始まり。
 二度は来ない、彼女と過ごす今日一日の自分達を想う。

 期待が80パーセント、……不安も20パーセントの割合で今日という日を待ちわびる。

「だって、今日何が起こるかなんて、誰にも分からないんだし!」

 気合いを入れて。
 不安すらも、期待に変えるエネルギーにして。

 そうして、朝焼けの川沿いを、火原は全速力で走り出す。

 
 少し先の未来でいつものように自分を待っている。
 新しい彼女に出逢う為に




あとがきという名の言い訳 

ちょっと火原っぽくない話かなと思います。でも、夕焼けの話を書くよりは、朝焼けの話を書く方が彼らしいんじゃないでしょうか。
火原は寝起きもよさそうだし、早起きのイメージなんですけど、何故か遅刻魔のイメージが付きまとう。
書きながらこの矛盾に気付いて、上記のようなことなんかなあと勝手に結論付けました。

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