望むのは、それだけ。
同じ時間を過ごす休日に「どこに行きたい?」と柚木が問うから、「目的なくぶらぶらしたいです」と答えたら、柚木はひどく可笑しそうに笑う。
「……そんなに面白いですか?」
拗ねたように香穂子がぽつりと呟くと、唇に指先を当てて、笑いを治めた柚木はちらりと横目で香穂子を見下ろした。
「面白いというか、予測してなかった答えだったんでね。不意を突かれた」
自らの意志で、特定の女生徒と休日を過ごす、ということは皆無に等しい柚木だったが、それでもエスコートの意味合いを込めてどこかへ赴くことはあるから、それなりに、誰かを楽しませるという行為には慣れているのではないかと思う。
もちろん、それは柚木にとっては決して楽しいと言える時間などではないが、それは柚木の価値観からそんな判断を下してしまうというだけで、世間一般の少女達は、『そういう』時間を過ごすことを喜ぶものだと思っていたのだから。
つまりは、お洒落な店でショッピングを楽しむとか。
少しだけ、高級なレストランで昼食を取るとか。
改めて考えてみると、それは確かに香穂子らしくない選択になるのだが、だからといって、彼女が自分と過ごす休日に、『どう』することを望むのか。香穂子の答えは、柚木の思惑の届かない……だが、言われてみればとても彼女らしい選択のように思えたのだ。
「じゃあ、公園にでも出かけるか。天候が良ければ、散歩コースをただのんびり歩いてみるのも悪くないだろう」
「……いいんですか?」
あっさりと香穂子の提案を受け入れた柚木に、香穂子が戸惑って尋ねる。てっきりこの不確定な提案は、柚木のお気に召さないだろうと踏んでいたのに。
「言い出したのはお前だろう?……それとも、何か不満でもあるの?」
途端に不機嫌な表情で片眉を上げる柚木に、香穂子は慌てて首を横に振る。
「いえ、不満なんて全然!」
「じゃあ、それで決まり。10時に公園の入口でいいな」
くれぐれも遅れるなよ、と。
柚木は長い指先を、香穂子の鼻先にびしりと突き付けた。
彼女の側にいることで。
同じ時間を過ごすことで。
柚木は今まで自分が知らなかった。
……知りたいとも思わなかったものの存在を知る。
確かに、それは今までも心のどこかにあったのに。
意識して、心の奥、手の届かない場所にしまいこんで、目にしないようにしていた場所にあったもの。
それは、願望で。
そして、希望。
見たくなんてなかったのに。
気付きたくなかったのに。
それなのに、その存在に気付いてしまった今。
(それも悪くないと思うんだから、不思議なものだね)
香穂子を自宅に送り届け、門扉の向こうへ帰る背中を見送りながら、柚木は車のシートに深く身を沈め微かに自嘲して笑んだ。
海沿いの公園は、風が強い。
煽られる長い髪を片手で押さえて、その煩わしさに顔をしかめると、隣に立つ香穂子が少しだけ、困ったような表情で俯いているのに気が付いた。
「……何?」
何かを言いたげな香穂子の様子に、髪を乱された不機嫌さのまま尋ねると、その不機嫌さは物ともせず、香穂子は勢い良く顔を上げる。
「ここの散歩コースって、結構穴場ですよね。広場の方で、イベントとかやってるから、あんまり人通りないし」
「……そうだな」
辺りを見回して、柚木が頷く。
香穂子も一つ大きく頷いて。
それから、ぎゅっと目をつぶり、柚木の目の前にさっと片手を差し出した。思い切ったように、一気に言葉を吐き出す。
「誰も見てないから。……だから、……手、繋いでもらってもいいですか!?」
香穂子の申し出に呆気にとられ、柚木はぱちりと大きく瞬きをする。
二人の関係は、別に秘密にしなければならないわけじゃない。
ただ、お互いに惹かれ合った結果だと言うだけだ。
柚木の親衛隊の反発は物凄いだろうし、確かに今までのように誰も彼もに優しくするような真似は、一つ特別なものが出来てしまった以上、同じようにはいかない。
それでも、誰に恥じる関係でもないのに。
香穂子はこの関係を必要以上にひけらかそうとはしない。
それは。
その理由は、きっと。
「……馬鹿」
乱暴に香穂子が差し出した手を握りしめ、それを引っ張るようにして柚木は歩き出す。
その勢いにバランスを崩した香穂子が、覚束ない足取りで柚木を追いかけながら、上目遣いで柚木の端正な横顔を見つめた。
「誰が見てても、別に構わないだろう。……お前は、俺のものなんだから」
言葉は乱暴だったけれど。
態度はそっけなかったけど。
香穂子の手を握り締める大きな掌は優しくて、暖かくて。
香穂子を導いていく力は、とても強くて、頼りがいがあったから。
香穂子は泣きそうになる気持ちを必死で笑顔に変えて。
柚木の手を、一生懸命にぎゅっと握り返した。
引かれたレールの上を歩いていくだけなのだと思っていた。
自分の未来なんて先が知れていると、ひねくれた気持ちで考えていた。
だけど、一つ勇気を出しただけで。
思い切って一歩を踏み出しただけで。
欲しいと思っていた存在は、あっさりとこの手の中に転がり込んだ。
いつか、失うことになってもいいように。
……そのことが柚木の汚点になってしまわないように。
香穂子は必要以上に、この関係を晒すことに気を使うけれど。
それでも、彼女が教えてくれた、前だけを見据える強さが。
転びそうになっても前へ一歩踏み出そうとする強さが。
全てを諦めて、投げ出そうとしていた柚木に、もう一度『願う』ことの意味を教えてくれた。
(どこまでも、……どこまでも)
(この手を離すことなく)
(俺はお前と、生きたいんだ)
そのために、柚木が払わねばならないものは沢山あるのだろうけど。
それでも、この繋いだ手がひどく心地よいものだから。
今まで自分が身に付けて来た様々なもの全てを、この繋いだ手を護る為に使いたい。
どこまでも、一緒に。
行く先の分からない。先の見えないレールの上を。
二人で並んで、歩いていく為に。
あとがきという名の言い訳
木日は月日と並んで悲恋になりそうだ思ってたんですが、それでも障害諸々乗り越えて、ハッピーエンドであって欲しいと思います。
木日の幸せの秘けつは、月日以上に柚木の頑張り次第だという気がします。
柚木がどこまで自分の人生に希望を持てるのか(笑)


