こんなにも恋しい

土浦×日野

 簡単に、土浦に頼ろうとはしない彼女だからこそ、余計にそう思ってしまうのかもしれない。
 もちろん、彼女が『そういう』人間だったからこそ、自分は彼女に惹かれたのだろう。土浦が持っていた同じ年代の女性へのイメージは、いつも誰かと連れ立って、身体のどこかを支えあっていないとそのままぺしゃんと崩れ落ちてしまいそうな、脆い存在で。
 誰かの賛同がないと、まともに自己主張も出来ない。やたら本題をオブラートに包んで隠して、そのくせ、察してなんて無茶を言う。
 ……偏見なのだと分かっていても、そういう印象でしかなかったから。

 だから、日野香穂子と出逢った時は衝撃だった。
 同じ年代の女の中でも、こんなふうに芯の強いやつがいるのだと、変に感心した。
 学内音楽コンクールへ、普通科からの大抜擢。よくも悪くも人の目に止まる、派手な他の参加者たちに囲まれて、そのポジション故に、謂れのない嫉妬や羨望の的になって。
 でも、そんな嵐の中でも、香穂子はいつだって、一人で立っていた。
 初めて出逢った頃、右も左も分からない香穂子に声をかけて、「助けて欲しい」と泣きつかれたことはあるが、香穂子が本当に土浦を頼ったのは、後にも先にもあの一度きり。
 おそらく、少しでもコンクールの勝手が分かっていたのなら、あの時だって香穂子は、助けを求めたりはしなかっただろう。
(……まあそれが、俺があいつを好きな理由、だよな……)
 周りの喧噪にめげず。
 両足で、しっかり地面を踏みしめて、一人で立っていた女だったから。
 ……揺らがない、女だったから。
 多分、土浦は惹かれた。
 その時の土浦自身が、まだピアノの存在に揺れていた頃だったから。
 どんな時でもぶれない、そんな彼女の芯の強さに。
 どうしようもなく、惹かれた。

 彼女がそういう人間だと知っている。
 彼女の、その強さにこそ惹かれたのだと分かっている。
 だけど、何故だろう。
 ここ最近、その彼女の強さにこそ、土浦は物足りなさを感じてしまう。
(もっと、俺を頼ってもいいのに)
 辛いこと、苦しいことが、彼女の生活にないだなんて、そんなことは思わない。
 だが香穂子は、そんな負の要素を土浦に曝け出すことはない。
 何気なく過ごしている毎日の陰で。
 土浦に向ける笑顔の裏で。
 彼女はいつだって、一人で戦っている。
 教えてもらえなくたって、そんな真実は伝わってしまうのだから。

(甘えて、いいのに)

 そんなふうに、甘えない彼女だから。
 余計に、思ってしまうのかもしれない。
 他の誰にも頼らなくていいから。
 自分にだけ、甘えて。頼って欲しいと。

「……ああ、違うな……」
 ぽつ、とひとりごちて。
 苦笑して、土浦は指先で、自分の額を押さえる。

(必要と、されたいんだ)

 本当は、誰の助けも必要とせず、一人で立っていられる女だと、知っているから。
 そんな彼女がたった一人、必要とする人間になりたい。

 土浦がいても、いなくても。
 同じように生きて行くのだと、知っている彼女だから。


「……土浦くん?」
 柔らかな声が突然響いて、土浦は、はっと我に返る。
 いつの間にか、香穂子と待ち合わせた場所で、段差に腰を下ろしたまま、頭を抱えて目を閉じて、物思いにふけっていた。
 慌てて目を開くと、視界一杯に香穂子の顔。至近距離でぱちぱちと瞬きをした大きな目に驚いて、反射的に土浦は身体を反らした。
「びっ……くりした……」
「あはは、寝てたの?」
 屈託なく笑う香穂子が、身を起こして小さく首を傾げる。


 いつでも、笑っていて。
 屈託がなくて。
 変わらずにいるお前に、本当に、俺は必要か?

 何も助けになってやれなくて。
 いつだって、お前に背中を押されるだけの俺が。
 お前の側にいる、そのことに。
 本当に、意味があるか?

(……ああ、なんだ)

 香穂子を目の前にして、急に浮かんで来た想いに、土浦は、自分の本心を垣間見る。

(『俺』が、不安なだけだ……)

 おそらく、土浦が側にいなくても。
 香穂子は、ずっと。
 一人で生きていける人間だから。



 必要とされたいんだ。
 どうしようもなく、俺が必要だって、お前に言って欲しいんだ。
 俺が、お前を必要とするから。
 そんな恋しさは、俺だけの想いじゃないって。
 ……お前も同じ気持ちで、俺を好きでいてくれるんだって。

 分かりたいんだ。


「……香穂、……お前、さ」
「うん」
 躊躇いがちに口を開いた土浦の問に、香穂子が頷く。
 情けないけど。
 柄じゃないけど。
 知らなければ、動き出せないこともあって。

「お前に。……俺の存在って、……必要か?」

 誰かを好きになれば、その存在を守りたいが故に、強くなれるって。
 そんなふうに、漠然と思っていたけれど。
 本当は、違うんだな。
 弱く、駄目になって行くんだ。

 こんなにも、恋しく想う存在を。
 手放したくないが故に。

「……必要だよ?」

 ぎゅっと目をつぶって、断罪を待つ罪人みたいな気持ちで香穂子の答えを待っていると。
 静かで、柔らかなその声は、当たり前のように土浦の願う通りの答えを返す。

「土浦くんに、好きでいてもらえる存在でいたいって想うから。私、頑張って強くいられるんだよ。……土浦くんがいなかったら、私、今みたいな私じゃないんだよ」

 ……嘘だ。
 その言葉は、香穂子の優しさが、土浦のために用意した答え。
 だって、お前は初めからそうじゃないか。
 土浦の存在があってもなくても。
 初めから、たった一人で立っていた。

「……馬鹿」
 苦笑いで土浦は小さく呟いた。

 でも。
 その嘘が、ひどく。
 ……嬉しかった。


 座ったままの姿勢で、腕を伸ばして、香穂子の腰を引き寄せる。
 抱き締めて、彼女の腹部辺りに額を当てて。
 祈るように、目を閉じる。

「ごめんな、……香穂」

 彼女に出逢うまでは。
 彼女を愛するまでは。
 土浦は、自分の中にあるこんな弱さを知らなかった。

 そして、香穂子も。

「……何で、謝るの?」
 縋り付く土浦を、香穂子は大事に大事に抱き締める。

 こんな恋しさ、彼に出逢うまでは知らなかった。
 彼に認められたい一心で。
 彼に、嫌われたくない一心で。
 誰よりも強くなれる。そんな自分の一面を知った。

「……大好きだよ、土浦くん」

 香穂子よりずっと、強いように見える土浦の小さな弱さを垣間見る時。
 その弱さをも、恋しく想う自分を知った。




 お互いの腕の中に、こんなにも愛おしい存在。

 自分のために生まれる嘘と。
 自分のために生まれる弱さを。

 おそらく自分たちは、何よりも必要としている。




あとがきという名の言い訳 

おかしいな、ラブい話になる予定が(笑・またかよ)
渡瀬の創作の書き方は、その時に応じて2種類あります。終わりを決めて書くか、一つの項目だけを混ぜて、それを盛り込むことだけを条件に、だらだら書くか。
どちらがいい悪いということはないですが、こちらは思いきり後者。
よって予定外です、この結末。渡瀬の中で、土浦もヘタレなんで別にいいんですけど。(いいんだ……)

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