カフェテリア隅の席、いつもの仲良し3人組で座って、授業終了と同時に「ちょっと、話聞いて~~!」と泣きついて来た友人の話を、香穂子ともう一人の友人が聞いていた。
向かいの二人がけの座席の中心を陣取って、真面目な表情で同意を求めて来た友人に、香穂子は自分の隣に座った友人と顔を見合わせて、曖昧に笑って首を傾げた。
……おそらく、隣の友人も、香穂子と同じ感想をその時抱いたに違いない。
(……それって、単なるノロケじゃん……)
話の内容としては、所謂「恋バナ」というやつで、彼氏が電話で話していてもまともに受け答えをしてくれないだの、デートで自分好みのお店を覗いていても、あまり長居をさせてくれず、早々に店を出てしまって楽しくないだとかの他愛無い愚痴。
……内心、香穂子にしても、一緒に話を聞いてた友人にしても、「そりゃ、そのマシンガントークに受け答えするのは至難の技だよ」とか「あんた好みな可愛い系のお店に、男の子は長居出来ないでしょう」とか、ツッコミどころは沢山あったのだが、そこで正論をぶつけてみても、倍の勢いで反論してくることが付き合いの長さから分かっているので、香穂子ともう一人はとりあえず、「そうだね」「ひどいよね」と同意してみた。
だが、そうやって同意すればしただけ、今度は「でもね、優しいところもあるんだ~」とか、「そういえばこの間ね?」と彼氏の自慢大会が始まる。
それにたっぷり3時間付き合わされた香穂子ともう一人の友人は、最後にはもうぐったりとしていた。
言いたいだけ言って満足げな友人を尻目に、付き合わされた方はコートを羽織りながら、「はいはい、朴念仁な恋人を持つと苦労するね」と話を切り上げたのだった。
「ふふっ、……女の子同士の付き合いも、時々大変だね」
こちらは男友達とバスケットに興じていた加地が、顔を合わせていなかった3時間の香穂子の出来事を報告され、楽しそうに笑いながらそう感想を述べた。大変なんてもんじゃないよ、と香穂子が疲れたようにがっくりと肩を落とした。
「それでね、直が『そういえば、あんたの方もある意味「朴念仁」な彼氏持ちだね』って言ってたんだけど。どういう意味なんだろ?」
「へえ?」
別れ際、ふと思い付いたようにクールな友人に付け加えられた言葉を教えると、加地が意外そうに声を上げた。
「どういう意味なのかなって、ずっと考えてるんだけど……」
どう悩んでみても、加地が『朴念仁』な人だとは思わない。
むしろ、香穂子が知っている男の子達の中でも、彼が一番その言葉から縁遠い人のように思えるのに。
「……成程、だね。……ふふっ、小林さんも、結構鋭いところ突いてくるなあ」
一方、こちらは何かを納得したように一人で頷きながら、感心したように呟く。
背の高い加地の顔を覗き込んだ香穂子が怪訝そうに眉をひそめた。
「加地くん、意味が分かったの?」
香穂子の問いに、中空を見つめていた加地が視線を香穂子に落とす。
小さく笑って、逆に別の問を投げかけて来た。
「ねえ、香穂さん。『朴念仁』ってどういう意味か知ってる?」
「え? ……えっと、正しくはないかもだけど、無口だったり、不愛想だったりってことかな?」
自分が持ってるイメージから香穂子が答えてみると、加地は一つ頷いた。
「だいたい、そういう意味で使われるよね。でも、『朴念仁』にはもう一つ意味があるんだよ」
「そうなの? ……どんな?」
興味を引かれて香穂子が尋ねると、加地はちょっと渋い顔をした。
……改めて、『そう』だと指摘されてしまったことが、今頃になって加地の表情に影響を与えたのかもしれない。
「……『道理の分からない人』って意味があるんだよ」
「へえ!そうなんだ~」
感心したように香穂子が言って、ふとまた首を傾げる。
……もう一つの意味を聞いたところで、それがまた、加地を表す単語に相応しいとは思えない。
困惑して加地を見上げると、加地が少しだけ、呆れたような小さな溜息を付いた。
「……たかだか理想のヴァイオリンの音を目当てにわざわざ学校まで転校して、散々君を追いかけ回した上にきっちり恋人の座まで射止めた僕が、小林さんの目には『道理の分からない』恋人として映ったんじゃない?」
溜息混じりに、一息で言い切った加地が。
意外に加地自身のことを分かっている気がしたから。
香穂子は我慢出来ずに、思い切り吹き出す。
香穂子の反応に、少し目尻を赤く染めて加地が拗ねた。
(でも、そういう加地くんだから、好きになったんだよ)
という、香穂子の心の中の声を告げれば、そんな機嫌も良くなると知っているけれど。
簡単に教えると、勿体無いから。
今のところは彼には内緒。
あとがきという名の言い訳
加地にこのお題が割り振られ、あまつさえ自分で書く羽目になった時、阿弥陀の神様の呪いだと思いました……!(真剣)打開策を探していたら辞書で「朴念仁」の持つもう一つの意味を発見。何とかこじつけてみました。
ちなみに香穂子の友人達は公式のあの子たちですが、どっちがどっちかうろ覚え(←殴)のため、逆だったらごめんなさい。


