そして、普段聴くよりも、もっとずっと、優しくて心地いい。
私のためだけの声だから。
……そうならいいな、と香穂子は勝手に思う。
電話回線越しの声だからという基本条件は、とりあえず脇の方に置いといて。
あんまり、マメに電話とか、する方じゃないんだと。
日本にいる頃から、王崎はそう言っていた。
忙しいという理由もあるけれど、電話をかける余裕があるのなら、自分の足で直接会いに行きたいんだ、と照れくさそうに言ってくれたのも、どちらかと言えば行動派な王崎に似合いの言葉だと思う。
こんなに離れてしまった今では、そうそう簡単に会いに行くということも出来ないけれど。
でも、そのおかげで香穂子は、大好きな王崎の電話越しの声を、こんなふうに堪能することができる。
……会えることが一番大事だから、本末転倒かなとは思うけれど、そういう利点を見つけなければ、やってられない。
「来週には、一度そっちに戻ると思うよ。……逢える時間、あるかな?」
何故か遠慮がちに尋ねた王崎に、香穂子はあります!と即答する。帰国する日に空港に迎えに行くと告げると、受話器の向こうで王崎が嬉しそうに笑った。
「欲しいお土産とか、何か、して欲しいこととかある?」
香穂子は顎の辺りに指先を当てて、うーんと考え込んだ。
「……じゃあ、戻って来たら、到着ロビーで『香穂ちゃん、逢いたかった!』って大声で叫んで、ハグして下さい」
「うん、分かった」
「……ごめんなさい、冗談です」
抵抗なく、さらっと承諾した王崎に、香穂子はがっくりと項垂れて前言を撤回する。
照れて、焦ってくれる反応を期待してたのに、本当にやられてしまっては、香穂子の方が恥ずかしい。
「でも、おれ、それやってみたいな」
受話器の向こう。表情の見えない王崎の声が、静かに言った。
「逢いたかったって、君をぎゅってしてあげたい。君にも淋しい思いをさせてると思うし。……何よりも、おれが君に逢えないことが淋しいから」
自分で決めて、自分で選んだ道。
香穂子は理解してくれたし、離れ離れになることに、不安を感じたことはなかった。
だけど、やはり側にいないことは淋しい。
逢いたい時、触れたい時。
一足飛びで近付けない、その遠い距離がもどかしい。
「……そりゃ、私だって。先輩に逢えないの、淋しい、ですけど……」
近くにいた頃は、少なかった彼からの電話。
その頻度が増えて、大好きな穏やかな声を耳元に一番近い場所で、聴く。
それが、香穂子のささやかな幸せ。
一日のストレスなんて吹っ飛ぶくらいの。
ささやかだけど、威力が膨大な、幸せ。
だけど、本当は。
目の前に王崎がいて。
一緒に笑い合って、喋り合って。
触れる、触れられる。
そんなふうに、近くにいてくれた方が、ずっと、ずっと幸せ。
「もう、そんなこと先輩が言っちゃったら、頑張って我慢してる私が馬鹿みたいじゃないですか!」
「あはは、ごめんごめん」
思わず怒った香穂子の声に、相変わらず穏やかな王崎の声が、明るく笑う。
むう、と膨れる香穂子の耳に。
直接流れ込んでくる、王崎の声。
「……だったら、二人だけになったら。君にいっぱい触って、ぎゅって抱き締めても、いい?」
……多分、香穂子だけしか知らない。
香穂子だけにしか聴かせないはずの、王崎の甘い声。
「……二人だけの時なら」
それだけのことで、機嫌が直る自分も、思いきり単純だなあなんて自嘲しながら。
香穂子は抱き締められない彼の代わりに、ベッドの側にあったクッションを片腕で抱き寄せて。
やっぱり、王崎しか知らないであろう、甘えた声で言ってみた。
「いっぱい、抱き締めて下さい」
誰も知らない二人だけの電話の声も。
逢うための約束も、王崎と恋をしている証である全てが、香穂子にとって、幸せを創るための絶対条件だけど。
多分、そんなささやかな欠片一つ一つを並べ立てるより。
目の前に王崎がいて。
その存在を確かめられる、そのことこそが。
香穂子が『幸せ』であるために。
何よりも、必要なもの。
あとがきという名の言い訳
王崎のお題に関しては、ほとんど甘い系の話を書かなかったので、せめて1つだけでも甘いものを、と、短いけど頑張ってみました(笑)
案外この人、臆面もなく「感激の再会」みたいなことをやってのけそうな気がします(笑)
意外にベタなシチュがハマってしまいそうな気が。


