03.冷たい手のひら

火原×日野

「……えっ!」

 いつもと同じように、二人で辿る放課後の帰り道。
 校門を出たと同時に手を繋ぐと、不意に立ち止まった火原が驚いたように声を上げ、香穂子を振り返った。
 香穂子はきょとんとしてそんな火原を見上げた。繋いで触れる彼の掌が、何だかとても心地いい。
「何か、すごく熱くない!?」
 慌てたように香穂子を覗き込んでそう言った火原の言葉の意味が、何だかよく分からなかった。
 何かぼうっとしてるなあと、香穂子は自分の様子をやけに冷静に、だが何だか別の遠い場所の出来事のようにぼんやりと考えている。
 ちょっとごめんね、と呟いた火原が、身を屈めてこつんと自分の額と香穂子の額を合わせる。真剣な表情の火原の顔が、至近距離にある。思わず目を瞑った香穂子は、やっぱりその触れた額が心地いいなと考えている。
 そう、とても心地いいのだ……ひんやりと、冷たくて。
「……やっぱりそうだ!」
 何か、とてもすごい発見をしたみたいに、火原が大声で叫んで、身を起こした。
「香穂ちゃん、熱あるよ!」


「おうちの人いないのかな?」
「多分、この時間だと、買い物だと思います……」
 火原に抱きかかえられるように支えられて家まで戻って来た香穂子は、自分のベッドに力なく座り込んでそう答えた。
「えっと、おれ、何をしたらいい? 冷えピタとか持って来た方がいいんだよね? あとは、薬とか……あ、着替えとかもした方がいい!?」
 当事者である香穂子以上に、妙に慌てている火原のことが、何だか嬉しくて香穂子は小さく笑う。
 病気になった時には、どうしても気持ちが落ち込むものだから、気づかってくれる人がいることは、本当に嬉しいのだ。
「あの、先輩。薬は御飯食べないと飲めないから、まだいいです」
「あ、そうか。……そうだよね」
 冷静な香穂子の指摘に、納得したように火原が頷いた。
「他のことも……お母さんが帰って来たらしてもらうから、大丈夫です。それより、せっかく帰りに寄り道しようって言ってたのに、予定変更させて、ごめんなさい」
 いつも二人で行く喫茶店に、季節限定の新しいメニューが入ったから食べに行こうねと、随分前から約束していた。受験生である火原に、あまり香穂子のために無駄な時間を過ごさせるわけにはいかないから、気分転換も兼ねた時々の放課後の寄り道は、二人で過ごすための大切な時間なのに。
「風邪引くのは、自分が引きたくて引くんじゃないから、しょーがないよ」
 屈託なく笑って、火原が言う。
「次のメニューに変わるまで、時間あるし、香穂ちゃんと一緒に行きたいってのが第一なんだから、全然いいんだ。それよりさ。……おれに何かして欲しいことない?」
 香穂ちゃんがよくなるように、何でもするよ。と。
 そう簡単に言ってのける火原は、本当は簡単に「何でも」なんて出来ないことを、きっと、もう知っていて。
 それでも、何でもしたいって思う気持ちに嘘がないから、躊躇うことなくこの言葉を口にするのだと、香穂子も知っている。
 その「何でも」が、誰にも実現出来ないような大業じゃなくても。
 誰にでも出来るささやかなことが、時には誰かの確かな救いになることを、火原も香穂子も知っているから。

「……じゃあ、先輩。手を貸してもらってもいいですか?」
「うん? 手?」
「そう」
 先輩の掌で、熱を冷まして下さいと香穂子が笑う。
「そんなことでいいの?」
「はい」
 きょとんとした火原に、香穂子が頷く。
 おそるおそる、差し出された火原の掌が、香穂子の額に触れる。
 いつもは、どちらかと言えば暖かく感じる火原の掌が、発熱した額に心地よい。
「……あのさ、おれ……よく友達に子ども体温って言われるんだけど、余計に熱くない?」
 心配そうに火原が尋ねると、香穂子がふるふると首を横に振る。
 ふと何かを思い出したように、火原が中空を見上げた。
「そうそう、だからさ、『実はお前って心が冷たいんだろ』って、友達にいつも言われるんだ。……ほら、よく言うじゃない? 手が冷たい人は心があったかいって。アレの逆バージョンで」
「……うん、だから」
 両手を上げて、額の上の大きな掌を指先で掴まえて。
 香穂子は、ふわりと笑った。
「今の私にとっては、先輩はとても心の暖かい人なんですよ」


 もしかしたら。
 最初に『手が冷たい人は心が暖かい』という通説を作った人だって。
 熱の高い額に、普通は暖かなはずの掌で触れられて。
 「何か、できることはない?」と気遣ってもらって。
 優しい冷たさを与えられ、それを心地よく感じたからこそ。

 その大発見を、別の誰かに教えたくなったのかもしれない。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:08.11.16/加筆修正:2010.7】

渡瀬も子ども体温な人なので、火原みたいなことを常々感じておりました(笑・面と向かっては言われない)
別に手があったかくても、優しい人はいっぱいいると思うんだけどなあ。でもこの話、友達に共感してもらえました(笑)やっぱり似た経験してる人いますよね。

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