心底呆れたように呟く土浦に申し訳なくて、香穂子はブランケットの中に潜り込んだ。
調子が悪い自覚は、数日前から少しだけあったのだけれど、体調を崩すことは滅多にないから、数日経てば平気だと思っていた。以前から約束していたとおり、香穂子は休日に土浦の家を訪れる。防音が施されている彼の部屋で一緒に何か曲を合わせてみるつもりだったのだ。……自分が発熱していることも知らずに。
土浦の家に辿り着き、出迎えてくれた土浦の顔を見た途端、気が抜けて玄関の三和土にへたり込んだ。慌てた土浦が、とりあえず香穂子を立たせようと掴んだ腕が既に熱い。そっと額に触れてみると、もうまごうことなき熱発状態。
「お前、熱あるぞ」と、土浦に指摘された。一旦自覚してしまうとどうにも身体がだるくて、もう香穂子はその場に座り込んだまま、立ち上がれなくなってしまった。
土浦のベッドを借り、とりあえず横になって様子を見る。少しでも熱が下がれば早々に土浦に送ってもらって帰途に付くという結論に落ち着いて、今の香穂子は土浦のベッドを占領している。
……もし、もう少し正常な意識の状態だったら、土浦の香りが残るベッドの中でゆっくり休むどころではなく、余計に熱が上がる心地だったろうけど。
「どうしても動けなかったら、姉貴が夕方帰って来てから車で送ってもらうから。心配せずに、寝てろ」
ぶっきらぼうな言い方なのに、その口調は優しい。ごめんね、と掠れる声で呟いて、香穂子は増々ブランケットの中で身を縮めた。
「来る前に気付けよって思うが、まあ、お前らしいよな。……お粥作ってみたが、食えるか? 食欲なくても何か口にした方がいいぞ。薬も飲まなきゃいけないしな。……まあ、うちに常備してある市販ので悪いけど」
「……え?」
驚いて香穂子がブランケットから顔を覗かせると、ベッドの脇に座り込んだ土浦の傍らで、一人分の土鍋に用意されたお粥が、暖かそうな湯気を上げていた。
「あ、えっと……いろいろと、ごめんね……」
「いいって。病気の時は、お互い様だろ」
力なく詫びる香穂子に笑いながら、土浦は香穂子の背中の下に腕を差し入れて、ゆっくりと起き上がらせる。側にあったクッションを背後に詰め込んで、香穂子が楽な姿勢で座れるようにしてくれた。
「お前って、猫だったっけ?」
「……え?」
意味が分からずにきょとんとしていると、土浦はれんげに一口分すくい上げたお粥に、ふうっと息を吹きかける。猫舌かどうかのことかと納得しながら、香穂子は息を吹きかけてお粥を冷ましてくれる土浦の仕草をぼんやりと眺めている。
視線を伏せて、息を吹きかけてる仕草って。
……キスする時の仕草にちょっと似てるんだなって。
熱に沸騰した脳の所為で、馬鹿なことを考えた。
「ん」
充分に冷えた一口分のお粥を、土浦が香穂子の鼻先に差し出す。
さっきまでの思考からふと我に返り、内心狼狽えながらもそれを気付かれないように注意しつつ、香穂子はおずおずと唇を開く。
はふ、とれんげをくわえると、至近距離で香穂子を見ている土浦と目が合った。
「……ホント、猫とかの小動物に、エサやるみてえ」
低い、優しい声音で。
目を細めて笑う土浦が、小さく呟いた。
舌先に触れる、絶妙の塩加減の卵粥をもくもくと食べている香穂子に。
「ちょっと、味見」
と呟く土浦が、「……移すなよ」と前置きをして。
食べるみたいに、香穂子のお粥味の唇にキスをした。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:08.11.16/加筆修正:2010.7】
今回の拍手創作で、一番に書いたものです。(土浦から書き始めるのは珍しい)これが書き上がったからこそ、今回このテーマで書く気になったのかも。短いんですが、土浦らしい気がして、土日創作としてはこれまた珍しく気に入っていたりします。


