肩を寄せ合い夜明けを待とう

月森×日野

 目が覚めても、まだ香穂子は夜の中にいた。半分意識は眠りの淵に預けたまま、何気なく香穂子は枕元に置いたはずのものを探す。冷たい感触に指先が触れて、手繰り寄せて、ぱちんと音を立ててフリップを開く。携帯電話のディスプレイは、午前4時過ぎを表示していた。
(変な時間に目が覚めちゃったなあ……)
 目を閉じれば、すぐにまた深い眠りの中に誘われそうな気がしたが、何となくそういう気になれなくて、香穂子はもぞ、とベッドの上に起き上がる。する、と肌触りのいいブランケットが滑り落ち、むき出しの肌に夜の空気が冷たい。
「うわ……っ!」
 思わず叫びそうになって、香穂子は反射的に両手で自分の口を塞ぐ。自分が何も衣類を身につけていないことに驚いたのだが、一瞬後にすぐに自分の状況を思い出した。
(……泊まったんだっけ……)
 あまり家族が揃うことがない月森の家に、やはり家族が週末に家にいることが少ない香穂子が泊まり込むことは、もうそんなに珍しいことじゃない。
 ……もちろん、何事もなく終わるはずもなく。
 こんな関係を、大人達が誰も歓迎しないことは分かってる。罪悪感が微塵もないわけではない。……それでも。
 香穂子はそっと手を伸ばして、暗がりの中に愛おしい存在を探す。指先で柔らかな……それでいて、香穂子とは違う精悍さを持つ頬の温もりに触れて、香穂子は違いなくそこにある存在に、ほっと安堵の息をつく。

(満たされないの)

 どんなに身体を繋いでも。好きだよと囁かれても。
 それが、その一瞬の幻だと香穂子は知っている。月森が裏切るのだとか、嘘を言うのだとか、そういうこととは違っていて。
 永遠など、ないのだと思う。
 この一瞬がどんなに幸せでも。
 終わる時には終わり、この幸せな一時も思い出という名の不確かなものになる。
 香穂子はただ、その現実を知っているのだ。だからこそ。
 いつだって。どんなときだって。
 それが罪かもしれないと思いながら、その愛される幸福に抗えない。
 ……ただ、同じように見える行為を繰り返してしまうのだ。


「……香穂子?」
 暗がりの中で、小さな声が響いた。香穂子は慌てて顔を上げる。いつの間にか俯いていた頬に流れた涙を、月森に気付かれないようにそっとぬぐった。
「あ、あの、ごめんね。起こしちゃった?」
「いや……何だか、目が覚めてしまったんだ」
 まだ少し眠りを引きずったままの、柔らかな月森の声が答える。ベッドの上を、探るように月森の片手が動き、そこに付いていた香穂子の手の甲に重ねられる。
「……君は、眠れないのか?」
「ううん、私もちょっと目が覚めただけ。まだ4時過ぎたくらいだから、もう少し眠れるよ」
 香穂子が答えると、香穂子の手を掴んだ月森の手が、ぐい、と強い力で香穂子を引っ張った。思わず身体のバランスを失った香穂子は、月森の身体の上に覆い被さるようにして倒れ込んだ。
「もう、いきなりびっくりするよ」
 拗ねて香穂子が身を起こすと、それを許さずに、月森の腕がぎゅっと香穂子の身体を抱え込む。裸の胸に頬を押し当てて、香穂子が小さく息を呑んだ。
「……月森くん?」
「いや……」
 くぐもった声で香穂子が名を呼ぶと、月森が返答のような、そうではないような曖昧な言葉を呟く。
 微かな声でも届く近くで、月森の優しい声が、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「……君が、泣いているような気がしたから」

 今が夜で良かった。
 眠りの淵から少しだけ這い上がった、まだぼんやりとした思考の中で。
 そうでなければ、きっと気付かれただろう。
 言葉に出来ない寂しさに、濡れた頬の涙の痕に。

「……泣いてないよ」
「それなら、いいんだ」
 駄目押しのように香穂子が言うと、ただ月森が頷く。
 ……でも、それこそが全てを見透かされてしまっているような気がして。
 香穂子は、その戸惑いを隠すように、ただ月森の胸にもたれかかる。
 それを分かっているのか分かっていないのか、月森の指先が、なだめるように香穂子の髪をゆっくり、ゆっくりと撫でた。

「……香穂子」
 ただ、ゆっくりと撫でて撫でられるだけの心地よさの中、ようやく、新しい夢の淵に足を踏み出しかけていた香穂子を現実に呼び戻すように、月森の声が香穂子の名を呼んだ。
「……ん?」
 眠りの淵にいる、少し甘えるような力ない声で香穂子が答えると、月森は少しだけ、笑ったようだった。
「……もし、君がもう少し起きていられるのなら。一緒に、夜明けを見ないか?」
「……夜明け?」
「そう」
 ぼんやりと香穂子が尋ねると、月森のハッキリとした声が、暗がりの中で響く。

「一日が始まる瞬間の、その光を」

 暗闇の中で。
 何も、先も周りも見えない中で。
 保証のない未来に、心は不安になることもあるけれど。
 それでも、朝は来る。
 必ず、その暗闇に光は射す。
 それを教えてくれたのは。
 本当は、いつだって香穂子の方だった。

「もう少しで夜が明ける。君がそれまで起きていられるのなら、一緒にその瞬間を待たないか?」


 ……時々。
 自分が月森を支えたいと願っているようにみえて。
 実は、自分が一番、月森に負担を与えているような気がする。
 甘えてもいいと言ってくれるから。
 それに甘えちゃいけない、頑張らなきゃいけないと思いながら、結局自分は、いつだってその優しさに甘えてしまっているだけなのかもしれない。

 ただ、支えられている。
 それが、寂しくて。悔しくて。

 ……でも、幸せで。

(ごめんね、月森くん)
 離れられないのも、満たされないのも。
 結局、自分の我侭でしかないのかもしれない。
 そう思って、不安で、自己嫌悪で、これじゃ駄目だと足掻きながら。

 それでもやっぱり。
 その甘さを求めてしまうんだ。

「うん……」
 月森に抱き締められたまま、香穂子は頷く。
「一緒に見よう。……夜明け」

 それでも、月森が言うように。
 そんな暗がりにでも、必ず光が射すのなら。

 いつかは強く明るく、月森を支えられる自分を、信じたいと思うから。

 今は、この頼りない肩を寄せあうだけだとしても。
 二人で待とう。
 光り射す、闇が明ける瞬間を。




あとがきという名の言い訳 【掲載日:2016.7.18】

事後話なんでどうかなあと思いつつ、まあ大丈夫かと。
これを書いた頃の心情が書いた本人には透けて見えるなあ(苦笑)と思いますが、前向きに頑張ろうとしてた痕跡は残ってますね。

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