007.手を繋いで

火原×日野

 少しずつ……それでも確実に時間が過ぎて、徐々に季節は移り変わって。
 それに比例するように、ぎこちなかった二人の関係も少しずつ成長していく。
 隣に彼女がいてくれて、それが嬉しくて、とても幸せだと想う。そんな、浮き足立つような弾む気持ちは変わらないけれど、いつしか二人で一緒にいることの心地よさは、暗がりの中に仄かに灯る明かりみたいに、穏やかな温もりに変わっていった。
 彼女が近くにいてくれることを、もう夢みたいだなんて思わない。手を差し伸べると、初めからそこに辿り着くことが決まってたみたいに、柔らかな彼女の小さな手が自分の掌の中に収まった。できるだけ痛くない力で強く繋いだら、同じ力が彼女から返ってくる。
 それも日常の一環として、今ではもう慣れた感触になったけれど、それでも、そのことに気が緩んだり、飽いたりはしない。そんな当たり前に思えるような些細な行動であっても、実際は奇跡にも似たことなんだって、火原はちゃんと知っているから。
 自分が好きな人に、自分を好きになってもらうこと。
 こんな単純明快に思える図式でも、簡単に描けるものじゃないからこそ、火原はこの心地いい掌を手に入れるまでに、17年とちょっとの長い時間を無駄に費やしてしまったのだから。

 友人たちがからかったり、冷やかしたりする声や視線も、最初はいちいち焦って過剰に反応していたけれど、香穂子と一緒にいることが『日常』に変わっていくにつれて、周りの反応は気にならなくなった。

 だから遠慮なく、火原と香穂子は堂々と手を繋いで歩く。
 多分それが、一番簡単に互いに触れられる行為で。
 大っぴらに他人に晒すことを許される、一番お互いに近い距離だ。

 少しずつ、心とお互いの立ち位置の距離を縮めながら、火原は香穂子という少女を知っていく。
 火原が最初に好きになった、真直ぐで一生懸命な姿勢と、真正面から何もかも受け止めてしまう素直さは、いつになっても顕在で。
 それにプラスアルファして、意外に感受性豊かで、泣き易いところとか。
 結構負けず嫌いで、頑固な一面とか。
 長々と自分の内に思いを溜め込めておけない、嘘の付けない素直な性格を知っていく。
 ……理解ってく。
 そして、そんな新しい彼女を見つけるたびに、やっぱり火原は香穂子を好きになる。
 どんどん、たくさん。彼女への想いを積み重ねて、繰り返し育ててく。



 学校を出る時から、変わらない距離と強さとで繋ぎ続けていた互いの掌。
 もう一つ角を曲がれば、香穂子の家が見えてくる位置で、香穂子がほんの少しだけ……おそらく繋いでいる火原でさえも、よくよく注意していなければ気付かないくらい、少しだけそれまでよりも強く、火原の掌を握り返してくる。
 多分、香穂子本人ですら自覚していない、「まだ、一緒にいたい」と告げる合図。
 声にはしない、香穂子の小さな小さな言葉を、火原は間違えないように、拾い集める。
 ……時々間違えて、見当違いの捉え方をすることもあるけれど。
 それでもそうやって、小さな失敗すらも糧にして、火原は香穂子が火原へと向ける想いを学んでいく。
 それは、今は確かに香穂子にしか向けることのない気遣いではあるけれど。
 いつの日か、この成長が巡り巡って、自分がずっと憧れていた『誰かの力になれる』存在になるための糧になるのだと、信じていたいから。

「……ね、香穂ちゃん」
 火原も香穂子の手を握る自分の手に、ほんの少しだけ力を込める。
 ……一緒にいたいのは、自分も同じなんだって。
 言葉にしなくても、自分と同じように彼女にも、想いが伝わるように。
「よかったらちょっとだけ遠回りして、寄り道していこうよ」
 暗くなったら、ちゃんときみの家まで送っていくから。
 ……そうすればもう少し、きみと過ごす時間は長く続くから。

 止め処なく過ぎる時間は、立ち止まってはくれないから。
 瞬きの間にも容赦なく、別々の帰路につき、離れ離れにならなければならない夜は近付いてくるのだろうけれど。
 それでも、ほんの少しだけでもいいから、一緒にいる時間が長くなればいいと。
 ……そんなことを願う気持ちは、二人とも同じはずだから。

 笑顔で誘った火原を、きょとんとした顔で香穂子が見上げる。
 大きな目を更に丸くして、火原をまじまじと見つめた。

「……先輩、何で分かっちゃうんですか?」

 香穂ちゃんのことならなんでも解るよ、とカッコつけたい気持ちもあったけれど。
 それは真実じゃないから、それがいつか本当のことになるまで、その言葉は大事に大事に仕舞っておく。
 その代わりに、少しだけ成長をした二人の今の心の距離から彼女に伝えられる、火原の真実の答えを告げる。

「そんなの、香穂ちゃんが、おれに教えてくれるからに決まってるじゃない?」

 内に溜め込むことが出来ない、嘘を付けない素直な香穂子は。
 彼女が持つたくさんのもの全てで、火原へと饒舌に語りかける。
 例えば、それが言葉じゃなくても。
 他の誰かには分かりにくいかもしれない些細な仕草であっても。
 ちゃんと、彼女の意志を火原へと伝えてくれる。


 それは、繋いだ手を伝って移し合う、穏やかな温もりと。
 ほんの少しだけ、強く火原の手を捕らえる。

 重荷には感じることはない、彼女の優しい束縛で。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:07.6.12 加筆修正:10.6】

火原らしくない話かもしれませんが、どうしても火日でこれを書いてみたかったのです。
普段は空回ってる火原ばっかり書いてる気がするので、たまにはちょっと真面目で深い話でも。……深いかな?(笑)

Page Top