「でも、もう駅前通りに行く道は過ぎちゃったよね? 寄り道って、どこへ?」
だいたい、二人で寄り道という話になると、どこかの喫茶店でお茶をするとか、新しい楽譜を買いに行くとか、賑わった場所へ赴くことが多い。だが、今日月森が寄り道を言い出した時点では、既にそんな繁華街へ向かう道を通り過ぎていて、もうこの先には住宅街しかない。
「そうだな。君の家に帰るには少し遠回りになるが」
そう言って、月森は香穂子を送る時には曲がらない角を一つ曲がる。香穂子は数歩遅れて、そんな月森の後を追った。
「どちらかと言えば、俺の家の近くになるな。……近所の公共施設の建物に、今年からクリスマスイルミネーションが飾られているんだ。……君が、好きそうだと思って」
低い声で、そう囁いて。
月森は、ふわりと優しく、香穂子に微笑みかける。
反射的に頬を赤く染める香穂子が、上目遣いに月森を見上げ。
「……それは、どうもアリガト」
と、照れくささを隠すみたいに、ぶっきらぼうに返事をした。
無機質な公民館の四角い建物と、周りをぐるりと取り囲んだ垣根に施された、色とりどりのイルミネーション。LEDの白、青、赤……様々な色合いに変化する電飾がちかちかと瞬いていて、暗がりの風景に眩しかった。近所の人らしい普段着の人達が、通りすがりに眩い風景を携帯で写真に収めている。
そんな鮮やかなクリスマスイルミネーションに感激した香穂子が、うわあ、と感嘆の声を上げた。
「すっごい、綺麗! こんな御近所に、本格的にイルミネーション飾ってるところがあったんだね」
顔を輝かせて香穂子が隣の月森を振り仰ぐと、笑いを堪えるように手の甲で口元を押さえる月森が、じいっと香穂子を見下ろしていた。子どもみたいにはしゃぎ過ぎたかな、と、途端に香穂子は恥ずかしくなる。
「……何で見てるの?」
「反応が、予想通りだったから」
「どうせ、ね! 簡単にテンション上がって、何にでも感激して。単純で、オコサマなんですよーっだ」
拗ねて俯く香穂子が、ローファーの爪先で地面を軽く蹴っ飛ばすと、苦笑する月森が、静かな声で呟いた。
「……そうだな。俺には君みたいに、素直に目の前の風景に感激することは、出来ないと思う」
少しだけ、寂しそうな。
静かな、静かな月森の声。
その声の響きには、香穂子をからかって面白がるような雰囲気はなくて。
……香穂子はそっと、月森の横顔を盗み見る。
真直ぐな澄んだ視線が、目の前の眩く綺麗な風景を見つめていた。
「俺も、君と同じように、今目の前にある風景をとても綺麗だと思う。その気持ちに嘘はないけれど……それでもやはり、君のように素直にははしゃげないんだろうな」
それは、月森が月森であるが故に持つ。
そして、香穂子が香穂子であるが故に持つ、感情の温度差で。
簡単に沸点に昇り切って、あっさりとその臨界点を突破して、溢れ出る香穂子の感情と。
燻ったまま、なかなかある程度の温度にまで上昇して来ない月森の感情。
「それが俺で。そして、君で。……だからといって何をどうしたいとも、今更思いはしないのだが」
それでも月森は。
彼女を羨ましいと思う。
目の前のことに素直に感動して、その感情を怖がらずに曝け出して。
無邪気にはしゃぐことの出来る香穂子を。
それも、人の強さの一つで。
……音楽という芸術の世界で生きていこうとしている自分達には、必要な要素のように思えるから。
香穂子が、少しだけ困ったような顔でその場に立ち尽くしている。そんな彼女の表情に気付いて、月森もまた、小さく笑って、彼女の頭の上に、ぽんっと片手を弾ませた。
珍しい月森の仕草に、きょとんと目を丸くした香穂子が、まじまじと月森を見つめている。
「……誤解しないでくれ。悲観しているわけでも、こんな自分に後悔をしているわけでもない」
香穂子の頭で弾んだ手が、香穂子の髪を撫でて、するりと頬に降りてきて。
ひんやりとした冬の空気に冷たくなった香穂子の柔らかな頬より、ほんの少しだけ高い温度を宿した月森の大きな掌が、香穂子の頬を撫でた。
「……俺が、感情を上手く表せない部分は、君が補ってくれるから。……それでいい」
同じ風景を見て。
同じように感激して。
片方は、それを如実に表に解放して。
片方は、それを内側に燻らせて。
だけど、それらを足して二分にするのなら。
きっと感情の昂りは、理論的にはちょうどいい温度になるはずで。
「……じゃあ、月森くんが上手くはしゃげない分は、私が目一杯はしゃがないと」
冗談みたいに笑って言った香穂子に、月森も思わず笑い出しながら、「ほどほどにしてくれ」と注意を促す。
「はーい」といい返事をした香穂子が、伺うみたいに首を傾げて、誘うように目を閉じるから。
誘われるがままに、月森は彼女の頬に触れたまま、身を屈めて彼女の唇に、そっと啄むみたいなキスをする。
鮮やかなイルミネーションに目を奪われている他の通行人達の、誰にも気付かれないように。
「……そろそろ帰ろうか」
しばらく、ちかちかと明るい色で明滅するイルミネーションの灯を眺め風景を満喫した後、月森が香穂子に告げる。
うん、と素直に頷いた香穂子が、ふと自分のむき出しの手に目をやった。
12月に入ったとはいえ、温暖化が囁かれるこの冬はまだそこまで冷え込んだ日がなくて、香穂子も月森も手袋を用意していなかった。
寄り道をして、少しだけ夜が更けてしまったので、心持ち、皮膚に触れる風が冷たい。
「さすがに、もう手袋持ち歩かなきゃ駄目かな」
「割に暖かいとは言っても、もう12月だから。ヴァイオリンを弾く立場としては、心掛けた方がいいだろう」
そんなことを言いながら。
どちらからともなく、手を伸ばして。
月森と香穂子は、しっかりと指と指を絡めて、手を繋ぐ。
お互いの指の間に、相手の指のぬくもりを実感しながら。
決して、離れることがないように。
密着した、指と掌から。
月森の冷たい肌の温度と、香穂子の若干高めの体温が行き交って。
香穂子の家に辿り着く頃には心地よい人肌の温度を作る。
ちょうどいい二人の温度差。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:09.12.17】
渡瀬には珍しい、甘さ成分濃い話(笑)
ブログ掲載時に書いていたご近所の役所には、やはり冬の時期にイルミネーションが輝いておりますよ。税き……まあいいや。どうせ飾られるなら楽しもう、と思っていたりもします。


