お互いの気持ちを確かめ合ったのはコンクール後。
これまで一緒に時間を過ごして行く中で、少しずつ近付いていく心の在り処はぼんやりと感じ取っていたけれど、本当に両想いなのかというのはまだ半信半疑のままで。
きちんと告白して、告白されて。それで、今まで感じていた時々通じ合っていたように思えるものが、勘違いではなかったのだと分かった。
これで晴れて恋人同士。想いを隠す必要もなく、その想いを打ち明けることでこれまでの関係がなかったことになるんじゃないか、……悪ければ、友達にも戻れないんじゃないか、なんて不安に陥ることもない。
心配事は何もない。……そのはずだったのに。
(……ぎこちない……)
夕暮れの帰り道。
想いを確かめ合うまで、ヴァイオリン、音楽のことに始まり、香穂子の他愛無い日常に到るまで、会話のネタに事欠くことはなかったはずなのに。
並んで歩く月森と香穂子の間には、妙な緊張感と沈黙だけが広がっていた。
別に、互いの想いの何が変わってしまったわけでもない。
強いて言えば、今まで知らなかったその互いの想いを、それぞれが知ってしまっただけだ。
これまで、ただ相手に嫌われないように、少しでも好ましく想ってもらえるようにと、必死に外側をコーティングしていたけれど。
その必要がなくなってしまって、使っていた『気』をどこに向けていいのかを見失ってしまった。……平たく言えば、『友達』から『恋人』に関係がバージョンアップしてしまった自分たちは、恋人として、お互いにどう接していいのかが、まるで分からなくなってしまったのだ。
……今まで、二人で辿る帰り道は、何を話していたんだろう。
どのくらいの距離をとって、どのくらいの歩調で、一緒に歩けばいいんだろう。
数日前まで何も考えず出来ていたはずのことが、恋人同士なんだと意識した途端、どうやって全ての事を成していたのか、忘れてしまった。
……きっと、隣を歩く月森もそうなのかもしれない。
元々、香穂子の方が口数が多く、これまでも確かに月森自身は、自分からあまり何かを喋ることはなかったけれど。
それでも、こんなふうに二人の間をただ沈黙が満たすことなんて、今までなかったはずだから。
「……上手くないな」
ぽつりと。
月森の小さな声が、香穂子の頭上から落ちてくる。
それは、正に今の今まで香穂子の脳裏を占めていた言葉だったので、反射的に香穂子は月森のことを振り仰ぐ。
苦笑する月森が、香穂子を見下ろしていた。
「こんなふうにぎこちなくなるために、想いを伝えたわけじゃないのに」
そう……あの日、屋上でこの胸の中を満たすただ一つの想いを彼女に告げたのは。
こんなふうに、距離を見失うためじゃなくて。
もっともっと、彼女の心の深淵に近付くため。
「……私も、そう思うんだけど……」
俯く香穂子が、小さな声で呟く。
「意識しないようにって思うの。今までが十分幸せだったんだから、今までどおりにって。……だけど、今までどんなふうに月森くんと一緒にいたのか、全然分からなくなっちゃって……」
お互いの気持ちなんて知らなかったけれど。
それでも、相手を好きだと想う気持ちだけで、満たされていた日々。
……もう、それだけでは我慢出来ないのだと分かっていたから。
一歩を踏み出してみたはずなのに。
「……今までとは違うのに、今までの状態でいようとしたのが、そもそもの間違いなのかもしれないな」
ふと、考え込むように空を睨み、月森がそんなことを呟く。
え、と顔を上げる香穂子に、月森は優しく笑いかけた。
「少しだけ、近付いてみないか? ……俺たちは、そのために想いを告げ合ったはずなのだから」
不器用で、幼くて。
友達から恋人へ、変わっていく関係に翻弄されるだけの、ぎこちない私達。
自然に、何の気負いもなくその変化を果たせないのであれば。
それが多少強引な、荒療治であったとしても。
月森が差し出した片手に、そっと指先を乗せてみる。
そっと香穂子の小さな手を握り締め、月森が香穂子の手を引いて歩き出す。
それは、確かにこれまでとは違う。
ほんの少しだけ、縮まった恋人同士の距離。
まだまだ、不器用なままで。
ぎこちない私達は。
お互いの心の成長に見合う変化で、少しずつ近付いて行く。
だから、まずは手を繋いで。
一緒に寄り添って歩くことから始めよう。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:10.3.14】
こういう関係性も久々に書いたような……
付き合い始めのころは、ぎくしゃくしてたらいい!(笑)成り行きで~ってなるよりは、今日から恋人!ってぴしっとけじめ付けちゃうのがこの二人らしいかなあと勝手に思います。


