封の解かれていない小さな包み。表面に貼付けてある小さなリボンから、贈り物だったことが分かる。
(……そうか、結局渡せずじまいだったんだな)
軽いその包みを掌に載せ、月森は苦笑する。
しばし迷って空に視線を巡らせ、そうして思い切ってその包みを開いてみる。
中から出てきたのは、女性物の、淡い色彩のリボンや装飾でまとめられた造花のコサージュ。
……月森が留学前に。
香穂子に贈ろうと思っていたもの。
きっかけはなんだったのか思い出せない。
贈り物なのだから、誕生日のためだったのか、クリスマスのためだったか。
……案外、そんなイベント事のためじゃなくて、単純に彼女に似合いそうなものだと思ったから。そんなふうに、気楽な動機で手に取ったものだったように思う。
もう、その頃には留学のことは決まったも同然だったから、購入をしてみたものの、渡す機会を結局掴めずに、新天地へ向かう荷物の中に押し込んで、そうして今まで眠らせてきた。買ったことすら忘れていたものだけれど、突然このコサージュを見つけたことは、忘れていたように見せかけて、まだ心の奥に燻り続けている想いがあることを、月森自身に突き付けているようだった。
「……こんな色をしていただろうか?」
机の上の小さな明かりにコサージュを近付けて、月森はそんなことをふと呟く。
彼女に似合いの色だと思って。
喜んでくれる姿を想像して。
このコサージュを買った時には、ここに咲く花はもっと鮮やかな色をしていたように思う。
封も解かず、陽の当たらない荷物の奥底に眠らせていた花は、枯れることも褪せることもないはずなのに、遠い記憶の中に咲いているこの花は、何だかもっと綺麗に輝いていたように思えるのに。
(……枯れない花だと思ったから)
これを香穂子に、と思ったのは。
もちろん、これから大小は関係なしに、ヴァイオリンを手に、様々な場所でその音をたくさんの人に聴かせることになるであろう彼女に、必要になるだろうものだと思ったから。
だけど生花ではなく、造花のコサージュを選んだその訳は。
それが、いつまでも枯れない花だと思ったから。
……変わらない花だと思ったから。
それなのに、記憶の奥底にあるこの花を見つけた時の鮮やかな色は、荷物の奥底に沈めて、短いと言えない時間を経過させたことで、どことなく色褪せてしまっているように思えるのだ。
(だが、本当に変わってしまったのは)
(もしかして、俺の方なのだろうか)
本当は、この手の中の造花の花びらは、遠い過去の色のまま、何一つ変わってはいないのに。
香穂子を失って、ヴァイオリンを糧に生きる月森がこの花を見る目が、もうあの頃のものとは違っているのかもしれない。
「……そう、かもしれないな」
寂しく笑って、独りごちて。
しばし迷った後、月森はそのコサージュをそっと机の上に飾った。
……いつだって、その花が。
月森を見守ることが出来る位置に。
独りで生きていく長い年月は。
変わらないと思っていた花の色を、記憶に焼き付いた色とは別の物に変えてしまう。
それは、ある意味必然で。
変化しないものなんてなくて。
……彼女を置いて、ヴァイオリンを選び取って。
そうして逃げるように辿り着いたこのウィーンの地で。
確かに月森の心は、変化を遂げていた。
あの時あんなに胸を痛めた喪失の生々しい傷は。
いつのまにか、少しだけ寂しい……それでも優しい想い出に変わっている。
今では、もう彼女のことを思い出すことに傷付いたりはしない。
……傷痕は残ったままだから、時々胸は疼くけれど。
それよりも、彼女と過ごした楽しくて、嬉しくて。そうして鮮やかだった毎日が。
今の月森を、支えていてくれる。
彼女と共に過ごした幸せな日々も。
彼女のいない、辛い日々も。
彼女という存在がいたからこそ、月森が記憶することが出来た大切な日々。
長い年月を越えた、しまわれたままの造花の花びら。
月森の目には、色褪せたように見えるこの花びらの色も。
他の誰かが目にすれば、もしかしたら綺麗な……初めて月森が目にした時よりも、綺麗な色に変わっているのかもしれない。
……そうであればいいと、月森は願う。
色褪せていく造花の花びらも。
その形までは変わることがない。
そんなふうに月森の記憶に、そして心に焼き付いている彼女への想いも。
激しい感情や、痛い感情は色褪せていても。
優しく、穏やかな想いが変わらない。
熱や色が変わってしまっても。
変わらずに、そこに『愛情』という形が残されている。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:10.4.29】
こちらも「キラキラの街」を意識していたので、月森と香穂子はお互いを想いながらもフリーです。
これはお題創作の中にある連作を思い出しながら書いていた記憶が。造花がコサージュになったのはそのせいかと思われます。


