パステルカラー

月森×日野

 本日何度目かの明確な回答の出ない問いを、懲りることなく繰り返して、香穂子が振り返る。
 そしてこちらも今日何度となく繰り返したのと同じように、月森が眉間の皺を深くする。
 もうここまで来たら、何か別の意地の張り合いをしているようにも思えてくる。懸命に思い悩んだ末、月森が小さな声で「……どちらでも」と答えると、香穂子が苦笑して「そういうと思った」と呟いた。

 楽器屋に寄って、お互いに必要なものを手に入れた後、特に目的もなくぶらついていた駅前通りで、香穂子がふと足を止めたのはカジュアルな洋服を取りそろえた店の前だった。ざっと見た感じでは値段も高校生が購入するものとしては手ごろなものと思えた。ちょうどセールをやっていたらしく、香穂子はしばらく店の中を伺った後、恐る恐る月森に「ちょっと寄ってもいい?」と尋ねた。
 普段は月森の嗜好に合わせてくれる香穂子が、自分からこういうことを言い出すのは珍しかったので、月森も二つ返事で承諾した。まさかこんな弊害が付いているとは思わなかったのだ。
 本人が自覚している通り、香穂子は意外に決断力が弱い。
 ここぞというときの度胸はおそらくは月森の数倍強いのだろうが、妙なところで判断をつけられないことがある。例を挙げてみれば、食事時のメニューを決める時や、今特に必要がないと思えるものを購入する時だ。
 月森から見れば、そこまで悩むことじゃないと思えるのだが、こちらも一緒に真剣になってしまうくらいに、香穂子は迷う。そんな彼女がなかなか希望の洋服を購入できないだろうことはおぼろげに気が付いてはいたのだが。
(まさか、俺にその決断が委ねられるとは……)
 そう、自分がこういう状況の決断力に乏しいことは、何よりも香穂子自身がよく理解している。そのため香穂子は、目に留まった洋服を取り出しては、何と月森に判断を仰ぐのである。
 月森自身はこういう状況での判断力に欠けているわけではない(その証拠に、自分のものを購入する時には迷うことがない。ただし、あまりに偏りすぎるため両親・祖父母が決して月森が選ぶことのないであろうものを購入してタンスに詰め込んでくれることはある)が、香穂子のものとなれば話が別だ。月森の好みに合わせて購入すれば、後で香穂子自身が後悔することもあるだろうし、女性と男性ではその商品に求める価値観も違ってくるだろう。それでも、香穂子が自分では決断することが出来ずに月森に頼ってくる心情も理解出来なくはないので、「自分で選んだ方がいい」と突っぱねることもできない。
 そして何よりも、香穂子が選び出して月森に見せてくれる洋服の、そのどちらがより良いのだとは月森にもはっきりとは言えないのである。
 何故ならば、最初に選んでいる時点で、香穂子自身がハズレを引かないからだ。
 そういう意味では、香穂子は自分自身に見合うものを正確に理解していると言える。変に冒険をせずに、きっと香穂子が着たのなら似合うであろうものを、月森に見せる前に香穂子自身が選んでいるから、余計に月森は判断がつけられない。本気で両方似合うのではないかと思うのだから、どうしても「どちらでも構わない」とか、「両方似合う」という答えになってしまうのだ。
 おそらく香穂子も、最終判断を月森に委ねることは半分諦めてもいるのだろう。月森の毒にも薬にもならない答えに怒ることもなく、「そっかー、これも決まらないかー」と呟きながら、候補の服を元の場所へと戻していく。これという決定打がないのは香穂子も同じだ。……このショッピングは、ひたすらに堂々巡りを続け、結局何も購入できないという結論になるのではないかと、月森の背中を冷や汗が流れた。

 一方、迷いに迷って結局欲しいものが何も買えなかった、という経験も決して少なくはない香穂子の方は、もうこれ以上は無理かと見切りをつける段階に達していた。
 当然、それなりの清潔感を保っていれば隣に立つ女性の服装になど興味がないだろう月森に判断を委ねることが、それなりに無謀なことであるのは香穂子も重々承知の上だったのだが、姉や母、友人たちと買い物に来るときには、二者択一で最終候補のどちらかを決めてもらうというのが毎度の香穂子のショッピングのパターンだったので、今回はその役を月森に負ってもらったというだけだ。……予想通りの重責のようだが。
(あんまり月森くんに迷惑かけてもいけないもんね)
 どちらの洋服を選ぼうが、自分の人生に何ら影響を及ぼすことのない些末事だというのは、香穂子だって知っている。
……でも少しだけ、月森が好ましいと思ってくれた洋服を着てみたかったという願望も、否定しない。

「じゃあ、月森くん。これでもう最後にするから」
 自ら最後通告をして、香穂子はハンガーにかかったチュニックを左右の手に持ち、月森を振り返った。
「どっちがいいと思う?」

 これが最後だと宣告して振り返った香穂子が、左右の手にそれぞれ持ったワンピースの丈が短くなったような洋服(チュニックと言うのだと、後から香穂子に教えてもらった)を見比べ、月森は少しだけ目を見開く。もう既に、明確な答えを期待していないように見える、苦笑した香穂子の左側に向けて、指先を上げた。
「……こちらで」


 ありがとうございましたー!と、トーンの高い定員の声に見送られ、自動扉を潜り抜け、月森と香穂子は再び賑やかしい駅前通りに歩を進める。香穂子の片手には、先ほどの店のロゴが入った紙袋がきちんと握られている。
「ねえ、月森くん。どうして最後はあっさりと決めちゃったの?」
 もしかして、いい加減呆れちゃった?と、どこか不安そうに上目遣いの香穂子が月森の顔を覗き込むようにして尋ねる。そんな香穂子に月森は穏やかに笑い、自分と彼女の間で不安げに揺れている香穂子の片手を、そっと手に取った。
「正直、デザインがどうというわけじゃなかったんだ。……ただ、こちらの方の色合いが、君には似合っている気がしたから」
 香穂子の反対側の手に握られた紙袋に視線を流し、月森が言う。
 そう、香穂子が示したチュニックは、デザイン的にはほぼ同じものだった。
 違っていたのは、その色合いだった。
 右側のチュニックが、濃い赤やオレンジが使われていたのと比べ、左側のものは、どことなく淡い色合いを使用したものだったのだ。
「でも、結構ごちゃごちゃした模様だったし、寒色系も暖色系も混じってたと思うんだけど……」
 香穂子はまだ分からない。月森もうまくは言えない。どう説明したものか思い悩みながら視線を巡らせる月森が、ちょうど別の店の前でふと足を止めた。
「そうだな。……あちらのものよりも、こちらのものの方が君のイメージに似合う。……そんな感じがしたんだ」

 月森が足を止めたのは、花屋の前。
 長い指先が、赤いバラを指し示した後、淡いピンクや紫のトルコキキョウへと泳いでいく。

 目に鮮やかな原色の花よりも。
 柔らかな白の色が混じる優しいパステルのカラー。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:11.9.23】

渡瀬自身は物を買う時にこういう迷い方をしないので、書いてみてちょっと新鮮でした(笑)渡瀬が迷うのは買うか買わないかという根本的なところで、デザイン的なものに迷うことはほとんどありません。ただ、洋服に関しては自分の好きなものを選んでると同じようなものばかりがタンスに収まってしまうので、母がアレコレ口を出してくると言う、月森パターンなのでした(笑)

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