『楽しく、気持ちよく』
中学生の時、初めてトランペットの生演奏を聴いて、その迫力のある音に憧れて、自分でも吹くようになってからずっと、それが火原が演奏をする時の基本姿勢だった。
だが火原は今、自分のトランペットと向き合う姿勢が、これまでとは変化し始めていることを実感している。
今までトランペットを吹く時に、こんなに真摯に自分の心を覗いてみたことがなかった。
(おれの中に、こんなにいろんな気持ちがあるなんて、知らなかった)
嬉しいこと、楽しいことが好きで。
哀しいことや嫌なことは出来るだけ見ない振りをして。
生まれてから17年と数か月。長いようで短い期間を改めて振り返ってみても、そこまで深刻に物事に思い悩んだ記憶がない。
もちろんつまづくことや立ち止まることは度々あって、そんな時はさすがに火原だって、へこんだり迷ったりしていた。でも、その苦悩が長時間持続することはない。
無意識のうちに、その原因を追究することから逃げていた所為だ。目を反らして放っておいてもそのうち何とかなるだろうと高をくくって……実際に、今までは何とかなってしまっていた。
でもその無意識な逃避が、いつの間にか自分自身の成長を止めていたのではないかと、最近火原は思うようになった。
(悩みがあるなら、いつでも頼ってよ。だっておれ、きみより先輩だからさ)
軽い気持ちで、そんなことを簡単に言えた。だが、誰かの悩みを解消できるほど、自分の中にある引き出しが満たされていないことに気付いたのは、いつ頃だっただろうか。
(だって、きみが教えてくれなきゃ、何も分からない)
(分かってないことを、想像して更に理解して、ちゃんと助けるなんて無理なんだ)
……初めて火原の心に、延々と棲みついてしまった悩み事。
それは、これまでのように目を反らしたり、放っておいたりすることが出来ない類のもので。
それに向き直らざるを得なかった火原は、いつしか自分のことも周りのことも……そして力になりたかった存在のことも、よく分からなくなってしまった。
誰かの苦しみに本当の意味で踏み込もうとすれば、誰かを助けるどころか、自分自身を見つめることで精一杯になってしまう。
幼い頃から抱いていた理想とは違う、自分がとてもちっぽけな存在だということを思い知ってしまったのだ。
「……火原?」
屋上のドアが開き、聞き慣れた声が火原のことを呼んだ。トランペットを吹くのを止めて振り返ると、長い髪を屋上の強い風に煽られ、わずかに顔をしかめた親友の柚木が、歩み寄ってくるところだった。
「柚木……」
「やっぱり火原の音だったんだ。……随分音が変わってしまってるから、もしかして別人かと思って思わず確認に来たんだけど」
「……え?」
それは、思いがけない言葉だった。
トランペットを吹く時は、楽しく、気持ちよく。
その基本姿勢は今も変わっていない。火原にとってトランペットという楽器は、出逢いの瞬間からそういう楽器だったから。
何も変わったつもりがなかったから、音が変化したという柚木の言葉に、火原は明らかに狼狽した。
そんな不安げな火原に、柚木は片手で髪を押さえながら苦笑して肩をすくめた。
「ああ別に悪い変化だと言うわけじゃないよ。……そうだね、どちらかと言えば、君にとってはいい変化なんじゃないかな」
「そう……なの?」
自分ではよく分からない。
だが、確かにトランペットに向き直る姿勢は、少しだけ変わった。
音楽は、音を楽しむもの。
それは火原自身がそう遠くはない過去に、自分ではない誰かに告げた言葉。そのことは昔も今も、そしてこれからも、ずっと火原が抱き続けていくであろう、音楽というものの概念。
そして、火原自身の中にある辞書の『音楽』という単語の意味に、今の火原はもう一つ、今までと違った意味を付け加えることができる。
……音楽とは、人生そのものだ。
幾度か耳にしたことのあるその言葉の意味が、これまで火原はよく分からなかった。
音楽は音を楽しむもの。それなのに、音楽の中には重い曲、哀しい曲、静かな曲……そんなどちらかと言えば負の要素を持つものが存在する。
課題で指定されるそんな曲は嫌々ながらに吹いてきたけれど、それでも自分で曲を選べる状況であるならば、火原はそういう曲を避けてきた。
ただ聴くだけであるならば、もちろんそういう曲も悪くはないと思えた。だが、その曲たちを自分が吹くことは、何かが違うという気がしていたのだ。
(好き嫌いをするなよ、火原)
火原を指導する担当教師からは、1年生の頃からよくそう言われてきた。
(確かにお前の持ち味はその元気と勢いの良さだが、そればっかりに偏ると世界が狭くなるぞ)
でも自分で吹いても楽しいとは思えない曲を、どうして無理をして吹かなければならないのか、……どうして、積極的に哀しい気持ちにならないといけないのかが、いつも疑問だった。
(ねえ。どうして君は、そんなに切ない曲を弾いてるの?)
それは、火原が苦手とする哀しい曲調だった。
火原と縁遠いそんな曲を、彼女は何故か好んでよく弾いていた。
彼女自身が、そういう性質を持っているとは思えない。火原から見る彼女は朗らかで前向きで、何よりも火原が言った「音楽とは音を楽しむもの」という言葉を、彼女は素直に受け止めてくれていた。だから彼女は、自分と同じ位置に立っていてくれるのだと思っていた。……それなのに、どうして。
尋ねた火原に彼女は、笑顔でこんなふうに答えたのだ。
(だって、哀しい気持ち、寂しい気持ち。そういう気持ちだって普通に持っているのが、人間なんじゃないですか?)
哀しい気持ち、寂しい気持ち。……不安な気持ち。
あまり覗き込みたくなくて、火原が避けてきたそんな気持ちを、真っ直ぐに受け止めるそんな彼女に。
火原は、生まれて初めての本当の恋をした。
そして、恋をして初めて知ったのだ。
今まで自分には縁がないと思っていた負の要素の感情が。
火原自身の中も、きちんと存在しているということを。
「……さっき吹いてたのは、最終セレクション用の曲?」
二人並んで屋上の柵にもたれ掛り、夕焼けに染まる空を見上げた。
ちらりと火原に視線を向けて尋ねた柚木に、火原は小さく頷く。
「……火原らしくない選曲だね。もっと君が得意な、明るく勢いのある曲を選ぶかと思っていたんだけれど」
柚木の指摘に、火原は苦笑する。
「うん……おれらしくないよね。分かってる」
静かで切ない旋律が、決して嫌いだったわけじゃない。
切ないけれど、好きな曲だって本当はたくさん火原の中に息づいている。
ただ、それが自分のトランペットで表現していいものだとは、これまで思っていなかっただけだ。
「だけどおれ……今ならこの曲をちゃんと吹けるような気がするんだ」
音楽は、人生だ。
そこには作曲者の想いと生涯とが、旋律と言う形で表現されている。
周囲の言葉だけでしか理解していなかったその言葉を、火原はようやく、自分自身の想いとして実感している。
恋をすれば、傷つくこともある。
苦しいことも、辛いことも。
それは決して憧れていたように甘く、幸せな気持ちばかりではない。
切ない音楽。苦しい恋。
おれときみとがこの世の中に存在するからこそ。おれときみが人間であるからこそ生まれてくる、当たり前の感情の起伏。
そんなふうに、恋は火原が空想していたほどに、楽しく幸せな気持ちばかりでつくられたものではなかったけれど。
だけど、そんな負の感情も存在してこそ。
初めて、本当の火原の人生は人間らしく回り始めるのだ。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:14.11.22 加筆修正:16.7.30】
お題は最初「君と僕と音楽と恋」だったんですが、火原用に人称を変えさせて頂きました。
火原なんだからもうちょっとかわいい感じの話を書けばよかったとも思うんですが、火原が恋と音楽とに真正面から向き合う時にはこういう話が出来上がるのかなあとか思ったり。


