Little sweets

吉羅×日野

 約束の時間丁度にインターフォンが室内に鳴り響き、吉羅は思わず苦笑する。
 室内に入るための合い鍵は渡してある。わざわざインターフォンを鳴らす必要はない。それなのに律儀に招かれた客としてやってくるのが、如何にも彼女らしかった。
 マンションの入り口のカギを操作して開けてやると、数分後、もう一度この部屋専用の呼び鈴が鳴る。相手を確認することなく吉羅がドアを押し開くと、驚いたように目を丸くした、予想通りの人物がそこに立っていた。
「え、確認せずに開けちゃって大丈夫なんですか?」
「エントランスで君が部屋番号を呼び出した時点で、カメラで相手が確認出来ているからね。何よりも正月三が日も明けないうちから自宅を訪ねてくるような人物は、君以外にいない」
 からかうような吉羅の言葉に、香穂子は拗ねたように唇を尖らせた。
「暁彦さんが呼び出したんでしょう? 恋人がいるのに、誕生日を一人で過ごすなんて空しいことこの上ないって」
「そんな愚痴を真面目に受け取って、家族と過ごすべき正月を私のためにわざわざ来てくれた君には感謝しているよ」
 あけましておめでとう、と微笑んで告げた吉羅に、香穂子は毒気が抜けたように「あけましておめでとうございます」と返し。
「お誕生日おめでとうございます」と慌てて付け加えた。


「リクエスト通り、ケーキ買ってきましたけど……」
 理事長職には年末年始はあってないようなもの。正月も仕事が入っていることは知っていたので、年始の挨拶は電話で済ませ、本日1月3日の吉羅の誕生日も、最悪電話でお祝いを言って、プレゼントは後日かと覚悟していた香穂子だったが、意外にも吉羅の方から電話をかけてきて、「君の都合がよければ、どこか開いている店でバースディケーキを買ってきてくれないか」とリクエストされたのだ。
 吉羅は意外に甘いものが好きだ。当然香穂子も好きなものだから、二人で食事に出かけるときにはきっちりデザートまで堪能する。よって、吉羅の味の好みも知っているのだが、さすがに正月明けでしかも香穂子の財布の中身で調達できるスイーツは限られたものになる。
 おそるおそるキッチンのテーブルの上にケーキの入った紙箱を置き、吉羅の方へ押しやる。名の知れた洋菓子店のものではないし、値段も香穂子が気軽に買える程度のリーズナブルなものだ。だが個人が手作りで作っている店なので、そこまで味は悪くはないはずだ。
「……なるほど、考えたね」
 紙箱を開いて覗き込み、吉羅が面白そうに笑う。
 ……吉羅の好みは知っている。甘いものには全く抵抗がない。つまりは、これという決定的な好みもない。よって香穂子はあらゆる種類のショートケーキを、まるでケーキバイキングのように大量に買い込んできたのだ。
「コーヒー入れますから、食べましょう。とりあえず、二つずつで大丈夫ですか?」
 棚からカップと皿を取り出しながら香穂子が尋ねると、真顔の吉羅が「君も食べるのかね?」と聞いてくる。香穂子が思わず眉根を寄せると「……冗談だよ」と笑って踵を返す。
 ……自分の分は別に買ってきた方がよかったのかと、香穂子はちょっとだけ後悔した。


「でも、ホントにこれだけでいいんですか?」
 吉羅に先に選んでもらった後、自分用に取り分けたチーズスフレを口に運びながら、香穂子は困惑したように尋ねる。
 元々、誕生日当日に逢えると思っていなかったから、店の正月戦線が落ち着いた頃に改めて吉羅への誕生日プレゼントを準備しようと思っていたのだ。それが思いがけず当日に逢えることになり、まだ準備ができていない旨を伝えた香穂子に、吉羅はバースディケーキを買ってくるようにと言ったのだった。
「もちろん。以前にも言ったと思うが、学生である君に金銭のかかる何かを要求する気は毛頭ないよ。……無論、ケーキ代もきちんと払うつもりなのだが?」
 吉羅の予想よりも遥かに奮発したケーキを香穂子は準備してきた。
 一回り以上年下である恋人に、幾ら誕生日だからとは言え、負担をかけるのは吉羅の良しとするところではない。
「え、でもそうしたら、ホントに私何も……」
 困ったように眉を八の字に下げる香穂子に、吉羅は苦笑する。
「……いちいち言葉にしなければ、君には伝わらない、か」
 自分に言い聞かせるかのように低く呟き、吉羅は視線を伏せる。
 首を傾げる香穂子に、柔らかな声で告げた。

「家族と過ごすべき正月に、私の元にいてくれる……それだけで充分な贈り物だと、そう言っているんだよ」

 がちゃ、と耳障りな音をフォークと皿が奏でる。
 香穂子が持っていたフォークを取り落したせいだと分かったが、吉羅は気付かぬふりで自分のコーヒーを口元へ運ぶ。ちらりと視線を向けてみると、香穂子が耳まで真っ赤にして俯いているのが分かった。
(やれやれ。これまでに充分、私の想いは君に伝えてきたはずなのだけれどね)
 時には仕草で。
 時には言葉で。
 触れる手で、唇で。
 吉羅がどれほどまでに香穂子に焦がれているのか、きちんと教えてきたはずなのに。
 今更こんな言葉だけで恥じらうなんて、彼女はどこまで無垢な生き物なのだろう。

「あ、の」
 やがて、香穂子の震える声が沈黙を破る。
 頬杖をついたまま吉羅が香穂子を見ると、何か意を決したように拳に握り締めた両手をテーブルの上に押し付け、ぎゅっと香穂子が目を閉じる。
「ホントはずっと、暁彦さんに何をあげようかって迷ってて。私が用意できるものなんて、多分暁彦さん自分で手に入れちゃうし、当然そんなに値が張るものは買えないし……。だからあの、これももしかしたら今更かもって思うんだけど……」
 懸命に言葉を重ねる香穂子を、吉羅は黙ったまま眺めている。
 そして。
 最後に香穂子は、爆弾を放つ。

「暁彦さん、今日は『私』をもらってくれますか……?」

 がちゃん、と吉羅のカップとソーサーが、先ほど香穂子が奏でたものと同じ不協和音を奏でる。その音にびくっと体を震わせた香穂子が恐る恐る吉羅の顔を見ると、珍しく吉羅が目を丸くして、呆気にとられている。
「……あの、暁彦さん……?」
 こわごわと香穂子が尋ねると、吉羅は次の瞬間。
 事もあろうに、テーブルに顔を伏せると、肩を震わせて笑い出したのだ。
「ひ、酷い! これでも私、結構真剣に……!」
 涙目の香穂子が抗議すると、ひとしきり笑った後、吉羅は片手を上げてそんな彼女を制した。
「ああ、失敬。……よもや君の口からそういう言葉が出て来るとは思ってもみなかったのでね」
 嬉しい誤算だ、と吉羅は微笑む。

 決して子どもだと侮っていたわけじゃない。幼子に慾を抱くほどに酔狂ではないのだから。
 それでも確かに、無垢だったはずの香穂子は、徐々に吉羅へと近づいてくる。吉羅の劣情を知り、それを身をもって受け止め、そして彼女らしい速度で覚えていく。
 それがどれほどまでに吉羅を幸せにするか、本当の意味で彼女が理解することは、きっとないだろう。

(いつまでも君らしく素直でいて欲しい。……だが、それでも時々は私のこの持て余す君への劣情を受け止めて欲しい)
 子供じみた我儘だと自嘲もするが、何よりも目の前の彼女がそれを許すというのだから。

「……では、せっかくなので有難く頂戴するとしようか。だが、後からプレゼントの返品はきかないが、それでも構わないかね?」
 嬉しそうに香穂子の頬を撫でる吉羅に、やっぱり辞めますとは当然のことながら言い出せなくて。
 どことなく悔しげに、「……どうぞ」と呟いた香穂子の唇を、食べ尽す勢いで吉羅の熱い唇が塞ぐ。


 ひたすらに甘いだけの。
 献身的な贈り物を味わう誕生日の。

 それが、始まり。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:15.1.3】

理事スキーな友人からのさりげないリクエストで書いてミマシタ。
理事が何を欲しがるかというお題で、ナチュラルに「香穂ちゃんやっとけばよかろう」とか考えた腐った大人でスンマセ……!
全年齢読めるようにと、ここで止めておきました。

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