reason

月森×日野

 理由は、あるだろうか。
 自分と彼女が出逢って。そうして『繋がっていく』理由は。




 確かに彼女と出逢えたことで、自分は幸せを知ったけれど。
 今までは知らなかった、必要ですらないと思っていた。そんな優しくて、暖かな気持ちを、彼女に教えてもらったけれど。
 もう、離れていくだけの自分と出逢い、同じ時間を過ごして、同じ想いを交わした必然は。
 あるのだろうか。
 ……せめて、彼女にとっては。

 何故、自分だったんだろうと思う。
 彼女がもっと、心穏やかに愛せる人間は、別に大勢、いたはずなのに。
 もし選んでもらえなかったら……そのことを思うと、確かに心はひどく痛んで、それはそれで、自分にとってひどく辛いことだったろうと思うのだけれど。
 それでも、彼女が自分を選んだ理由は何だったのだろう。
 出逢った頃から、自分は彼女には優しい存在ではなかったと思うし。
 ……想いが届いても尚、彼女を痛めつけるだけの人間でしかないのに。

「それは月森くんの誤解だよ」

 俺でよかったのだろうか、と。
 ずっと、自問自答を繰り返す。何度も悩んで、迷って。そうして導き出した答えのはずなのに。
 想いを告げてよかったのだろうか。彼女に、自分を選ばせて、よかったのだろうか。
 おそらくは、考えていてもどうしようもないことで、思考は堂々巡りを繰り返している。
 そして、時折無意識のうちに溢れだしてしまう弱音を、彼女は丁寧に拾う。拾い上げて、大事に抱き締める。優しく癒す。
 辛いのは、哀しいのは。
 ……泣きたいのは。
 きっと、彼女の方のはずなのに。
 笑って、その弱音を許す。

「何も出来てないなんてこと、ないよ」
 曇りなく。
 幸せそうに、笑って。
 香穂子が月森を選んだ理由が。
 ……遠くはない未来に、抗いようもなく、離れ離れになる月森を選んだ理由が、ちゃんとあるのだと。
 ……笑う。
 永遠には、側にいられなくても。
 寂しさと、苦しみと。そんな痛いものと引換にしても、手にしたかった幸せがあるのだと言う。
「それは、月森くんからでないと、もらえないものだったんだよ」
 ……それが好きになるってことなんだよ、と香穂子は穏やかに告げる。
 ……きっと、そうなんだろうと月森も思う。
 離れ離れになる辛さも。
 簡単には逢えなくなる寂しさも。
 想いが通じ合ったその幸せに附随して、そんな痛いものをも手に入れてしまうと知っていた。
 だが、捨てられなかった。
 他の誰でもない、香穂子から貰う、自分への想いを。
 自分が香穂子に抱くものと同じ、優しくて、綺麗で。同時に切なく、醜い想いを。
 香穂子に抱いて欲しかった。
 放り出さないで欲しかった。

「……そうだな」
 ぽつりと月森は苦笑して、呟く。
「おそらく俺も、どんな苦難があったとしても、君を選んだんだろう」

 分かって、いるのに。
 繰り返している。
 別れの瞬間が近付くに連れ。
 思考は、同じようにループする。
 壊れたCDのように。
 同じフレーズを繰り返す。
 ……それは、本当は。
 彼女が可哀想だから、とか。
 そんな単純なことじゃなくて。

 理由が、欲しい。
 彼女が自分を選んだ理由。
 彼女に優しい存在の、他の誰でもなく、自分自身こそが、彼女に選ばれた理由。
 こんなにも、自分という人間は弱かったのだと気付く。
 他でもない、彼女という存在に思い知らされる。
 ……もう、すぐに互い存在は、手の届く位置から失われてしまうというのに。

 ……どうして、君は笑っていられるんだ。


 彼女がいない、毎日を想う。
 それは、出逢う前ならば当たり前だったことで。
 あのコンクールがなければ。
 彼女がファータという存在を受け入れなければ。
 多分、今でも自分達はお互いを知らぬまま、生きていた。
 ……その偶然を。奇跡を。
 受け取れなかった時の自分を、今ではもう、想像すら出来ない。
 彼女を知らない世界で。
 彼女が存在しない世界で。
 どうやって生きればいい?

(君でなければ駄目なんだ)

 それが、心の中で繰り返される無限のループ。
 分かっていたことだと。
 それでもよかったんだと自分自身を納得させながら、それでも頷けない自分がいる。

 君ガイナケレバ、呼吸スラ上手クデキナイノニ。
 君ガイナイ未来ヲ、俺ハドウ生キテイケバイイ?

 どうやって。
 ヴァイオリンを弾けばいい?

 可哀想なのは、君じゃない。

 哀れなのは。
 ……惨めなのは。

 本当は、初めから。
 君の方ではなく。

 ……俺の方で。

(考え始めると、止まらないんだ)
(君がいない未来を思えば、息苦しくて溜まらないんだ)
(いっそ、忘れてしまった方が楽だとすら思えるのに)
(忘れられない)
(……離れたくない)
 独り、君と離れて生きていくことが。
 もう、どうしようもなく、怖い。

 だから、理由を探す。
 一つ見つけて、飲み下して、納得したように見せかけながら、また信じられずに、求め始める。

 『俺』でなければならない、理由はあるか?
 俺が、『君』でなければならないように。
 淋しくても、苦しくても。
 それでも尚、君が『俺』を選ぶに足る理由が、本当に、俺にはあるか?

 香穂子の声を盲目的に信じている。
 月森でなければならなかったと、そう言ってくれる、彼女の声を。
 それを信じた側から疑っている。自分にそれほどの価値があるだろうかと。
 香穂子を信じられたとしても。
 月森は、自分自身を信じられない。
 自分の価値を、信じられない。
 今までだって、自分の存在意義を。
 実力を、……価値を。
 疑うことだけで、自分自身を保って来たのだから。

「……大丈夫だよ、月森くん」
 大丈夫と。何度も何度も香穂子が繰り返す。それもまた、彼女が自分自身にも言い聞かせる、無限のループ。

 月森の両頬に、香穂子の掌が触れる。包み込む掌の暖かさに、月森はゆっくりと目を閉じる。
 ……泣きたく、なる。
 そして、どうせまた同じ闇に足を取られることを理解していながらも。
 柔らかな唇の温もりの安らぎに、わずかな瞬間ながら、身を委ねる。
 それは、唇が触れている間だけの、刹那の慰めなのだと。
 ……知って、いても。




あとがきという名の言い訳

以前、オフ活動の一環でやっていた、会員制配布本に登録いただいていた方への進呈物です。6回配布本を受け取っていただくと、リクエストに沿った創作をプレゼントしていました。
こちらはシリアスで切ない月日話、というリクエストをいただいておりました。留学に関連した月森のぐるぐる話(苦笑)不安な時は、はっきりとした理由が欲しいもんですよね。

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