「君みたいな子だと、これとか、これかなー?」
指先で顎を触りながら、お兄さんは香穂子とアクセサリーを見比べて、あまり華美ではないシンプルなアクセサリーを示してくれる。流石に1日に何人もの客を相手にしているから、やはり好みを見抜く力があるのか、指し示してくれたものは確かに香穂子の趣味に似合ったものだった。
「まけとくよ。一つどう?」
愛想良く勧められて、香穂子はうーんと首をひねりつつ悩む。そんなに値も張らないし、まけてくれると言う。決して損な買い物にはならないと思うが、元々が押し切られると嫌とは言えない性格の為、流されて買ってしまうと、結局のところ「買わなければよかった」後悔する羽目になるかもしれない。そうはならないと言い切れる自信がなかった。
「……香穂子?」
まるで世界の何事かを左右しかねない重要事でも決めるかのように、眉間に皺を寄せて考え込む香穂子の背後から、香穂子の名を呼ぶ声。振り仰ぐと、近くのコーヒーショップのカップを両手に持った月森が、怪訝そうな表情で香穂子を見下ろしていた。
「どうしたんだ、難しい顔をして座り込んで……」
「ああ、彼氏?」
露店商のお兄さんが、気さくにさらりと言ってのける。別にその通りで間違いはないが、何故かあっさりそうだと認めてしまうのが照れくさくて、香穂子は思わず真っ赤になって、「いや、あの……」とどもってしまった。
しかし商売中のお兄さんにはそんな香穂子の動揺はどうでもいいことらしく、今度は狙いの鉾先を月森に変えて、笑顔で言った。
「じゃあ彼氏。彼女にプレゼントってのはどう? 安くするよ?」
香穂子の背後から展示されたものを覗き込み、月森は微かに眉を寄せる。アクセサリーに別段興味はないが、安い玩具みたいなブレスやリング。これらをプレゼントと言われても、果たして「はい」と香穂子に渡してもいいものかに迷ったのだ。
「……欲しいか? 香穂子」
「えっ」
迷うなら本人に聞くのが一番とばかりに、月森が香穂子を見下ろす。驚いたようにぱちりと大きな瞬きをした香穂子が声を上げた。
「えっと……あの……」
「興味がないのならそれでいいが、欲しいのなら、プレゼントしても構わない。……その、君がそれでいいのなら、だが」
月森がそう言うと、香穂子はしばし迷うように、露店商のお兄さん、並べられたアクセサリー、そして月森の顔を順繰りに見回した。様子を伺うように、黙ったまま香穂子の答えを待つお兄さんと月森の視線の先で、香穂子がおずおずと、先ほどお兄さんに勧められたネックレスを指差した。
「あの……本当によかったのかな?」
簡素な紙袋に包まれたネックレスを、とても大事なもののようにカフェラテのカップと一緒に両手に抱える香穂子が、今更になってそんなことを月森に尋ねる。
苦笑する月森がふと天を仰いだ。
「そんなに値の張るものではないし、君がそれでいいというのなら、俺はいいんだ。……本当なら、せっかく君に初めてプレゼントするものなのだから、もう少しマシなものを贈るべきなのだろうと思うが」
だが、こういうものは案外直感なのだということを月森は知っていた。身の丈に合わない金額の物を衝動買いするのは問題外だが、いいと思えたものが手頃な値段で買えるのならば、そのインスピレーションを信じるのはそんなに悪いことではないだろう。
「ううん、マシなものとか……そういう、値段とかは関係ないよ」
ふるふると首を横に振って、香穂子は言う。値段や価値は関係ない。香穂子が欲しいと願ったものを、月森がプレゼントしてくれた。その事実そのものこそが、香穂子にとって宝物にするべき出来事だ。
「月森くんにもらえるなら、紙切れ一枚だって宝物にするよ」
「大袈裟だな」
「それくらい嬉しいってことだよ」
ありがとう、と香穂子は幸せそうに、朗らかに笑う。その満面の笑みが見れることだけで、月森はプレゼントをしたことに見合うだけの代償は、充分に貰い受けたと思う。
ほんの安いネックレス一つだけで、彼女が本気で、ここまで喜んでくれることを、心から幸せだと想った。
「……どうせなら、それを付けてみないか?」
「あ、うん! そうだね」
月森の提案に、香穂子がわたわたと慌て出す。片手に持ったカフェラテのカップをどうしようかと途方にくれた。
「あそこに座って少し落ち着こう」
視線を巡らせて、木陰にベンチを見つけた月森が、指先で指し示す。うん、と頷く香穂子と共に、葉の陰で少し肌寒いベンチの上に、二人で腰掛けた。
「俺のカップを持っていてくれるか?」
ベンチに座るなり、月森が香穂子にそう言った。え?と驚く香穂子の片手から、ネックレスの入った紙袋を取り上げた。代わりに、自分のコーヒーのカップを香穂子の空いた手に押し付ける。両手にカップを持って戸惑う香穂子の目の前で、軽く貼付けてあった紙袋のテープを、月森の指先が剥がす。
「俺に付けさせてもらっても構わないか?」
「え! ……っていうか、月森くん、ネックレス、付けれるの?」
あまりに正直と言えば正直過ぎることを香穂子が堂々と叫ぶ。苦笑する月森が、小さなネックレスの留め金を器用に外す。
「ヴァイオリンの弦を張り変えるのは君より早くて上手いと自負しているが?」
いまだに弦の張り替えに慣れない香穂子のことを思い出しながら言い返してやると、そ、そうだね。と香穂子が恐縮した。
「あ、ちょっと待ってね。カップ置いて後ろ向かないと、付けられないよね」
両手にチェーンの端と端を持った月森に、慌てたように香穂子が言って、きょろきょろとカップを置く場所を探す。苦笑しながら、月森が首を横に振った。
「そのままでいいから」
「え、でも……」
「少し、下を向いてくれないか?」
何がなんだか分からないまま、香穂子は月森の指示どおり、自分の膝辺りに視線を落とす。
すると。
不意に視界が陰って、そして鼻孔を満たす、慣れた香り。目の前に、月森の着ているシャツの色。
重力に従ってさらりと髪が流れ、現れた香穂子の襟首に、チェーンの冷たさが触れる。
月森に抱き締められるみたいにして、月森の手で、正面から二連のハートのネックレスが、香穂子の首に飾られる。
「こっ……これは……」
結構恥ずかしい構図です、と耳まで赤くなった香穂子が俯いてぼそぼそと呟く。狙いどおりの香穂子の反応に満足げに笑った月森が、そのままぎゅっと、両腕に香穂子の華奢な身体を抱き締めた。コーヒーが!と一応の抵抗を試みた香穂子だったが、結局は、……多少悔しそうにしながらも。
思いがけないネックレスと、そして優しい抱擁のプレゼントを。
甘んじて、受け止めるのだった。
あとがきという名の言い訳
オフ活動の一環で「会員制配布本」というものをやっていた時に、6回以上配布を希望して下さった方のリクエストに応じて書き下ろしていた短編です。
はいはい、いろいろと確信犯ですよー(笑)
書きながら「ああ、月森くんス@バでコーヒー買えるようになったんだねえ……」とか感心してたりしましたよ(笑)香穂子に付き合っているうちにそういうことくらいは出来るようになると思いますが。
それと、月森は経験を積めばそれなりに器用な子だと思うんですよね。いろいろ不器用なのは『知らない』ってだけで。あと、毎度言うけど生き方は不器用(笑)
ちなみに、この作品は「プレゼント」というタイトルだったのですが、その後同じタイトルの創作を書いたので、こちらの作品のタイトルの方を変えさせて頂きました。


