ばさ、と乾いた音を立てたその場所へ視線を向けると、フローリングの床の上に不格好に広がった、色彩豊かな雑貨のカタログが落ちていた。
苦笑して、月森はその床に落ちたカタログに歩み寄り、指先でつまんで拾い上げる。几帳面に好みの小物がある頁の端に折り目が付けてあることが、何だか微笑ましく思えた。
空中に無造作に投げ出された細い腕。つい先程まで、不自然な体勢で、今月森が持つ雑誌をめくっていたはずのその手は、力なく指先を緩やかに曲げた状態でそこにある。
その手を取り、月森はソファに斜めに横たわる香穂子の膝の上に導く。深く寝入った香穂子の手は抵抗もせず、月森のなすがままに揃えた膝の上にそっと落ち着いた。
「……仕方ないな」
苦笑混じりの溜息と共に、月森が彼女の華奢な身体をそっと両腕で抱え上げる。
自分のように寝覚めが悪いわけではないが、一度寝入るとなかなか目覚めない彼女だ。そうでなくても、こんなに安らかに眠っている彼女を無理強いして起こすような真似はするつもりはない。しかし、だからといって、こんな不自然な体勢のまま放置しておくわけにもいかない。
とりあえず、月森は抱えた彼女の身体を自分のベッドへ運び、ゆっくりとその上に下ろす。数歩の距離を移動しても、彼女が目覚める気配は一向にない。
それは、彼女の信頼の証。
側に月森という存在があることを、無条件に許す彼女の心。
付き合い始めてすぐの頃は、その無防備さが逆に腹立たしい時があった。
彼女を欲しがる愛情は、確実にこんな自分の胸の中にも宿るのに、まるでそのことを知らないかのように奔放に振る舞う彼女。
自分だけが、こんな汚れた気持ちを抱いてしまっているような、何とも言えない罪悪感。
それは決して彼女の所為などではないが、それでもこんな自分の薄汚れていく感情を知らず、ずっと清らかなまま変わらない彼女という存在を、時々憎しみにも似た感情で想うことがあった。
……それは、彼女が同じ思いを胸に抱き、そうしてそれを月森だけには晒さないようにと努力し続けていたために気付かなかった、愚かな勘違いではあったのだけれど。
もうそんな段階もとうに乗り越えてしまった今では、彼女が全てを自分に委ねることが嬉しい。
無防備に、何もかもを曝け出し、そうして安心して眠る、彼女という存在がここに在ることが。
ベッドに横たわる彼女は、ただ静かに眠る。
とても幸福そうな表情で。
額にかかる、その赤い髪を指先で撫でながら、月森もまた、まるで優しい眠りに落ちたように、穏やかな気持ちになるのを感じている。
日野香穂子という存在は、世界から見ればただそこに在るだけの、微力な存在でしかない。
それは多分、月森蓮という人間だって、例外ではなく。
ただ、月森一個人に限っては、彼女という存在は特別なものになる。
……願わくば、彼女にとっての自分の存在というものも、そんな特別なものであればいいと願う。
彼女がただ、そこに在るだけで。
月森を取り巻く世界は変わる。
モノクロームの寂しい世界から。
極彩色の、色とりどりの世界へ。
彼女という人間に、何も特別なものはなくても。
例え、他の誰かにとっては、ただ通り過ぎるだけの名前を知る必要もない、微弱な存在であったとしても。
ただお互いにとってだけ。
その存在は唯一無二のもの。
あとがきという名の言い訳 【執筆日:06.1.7】
漠然としたお題なので(笑)何となく話も漠然? 多数お題のコンプ後だったので、軽めな感覚的なものを書いておりました。


