手を繋いで

月森×日野

 どこかで待ち合わせをすると、月森の方が香穂子より先に着くのが恒例となっている。
 たまには先に着いて、待っててびっくりさせたいと香穂子は意気込むが、残念ながら、付き合い始めて数カ月、一度も彼女の希望が叶ったことはない。
 月森だって、別に遠足前の小学生のように浮き足立っているから、先に待ち合わせ場所にいるわけではないが、それでもできれば香穂子より先に辿り着いて、自分の所へ真直ぐに、慌てて駆け寄って来る香穂子を見たい。……そんな希望があって、意識して早めに家を出ることも、否定はしない。

 人通りの絶えない駅前通りには、月森と同じように人待ち顔で立っている人間も沢山いる。
 生まれてからこれまで、そんな『自分以外のもの』に目線を向ける余裕がなかった月森も、最近は、何気なくすれ違うだけの人たちを目に留めるようになった。
 それは、誰とでも分け隔てなく関わり合うことができる香穂子の影響の強さなのだろうし。
 同時に、そんな彼女の影響を受けることで、月森自身が変わったということでもあるのだろう。

 待ち合わせ場所に現れた恋人を、嬉しそうに迎える誰か。
 そして、自分を待ってくれている恋人の元へ、満面の笑みで駆け寄っていく誰か。
 それは、月森が知らない場所で、月森が知り得ない人生を生きている、月森自身の人生には決して関わらない誰かの、生活の一場面。
 だけど、そんな誰かの人生の中、ほんの一欠片の幸福の瞬間を、ここで同じように大切な誰かを待つ月森が、見守っている。

 手を繋いで、歩き出す恋人達を。
 月森はとても、穏やかな……そして、自分よりも先に大切な人に出会えた恋人達を微かに羨むような。
 そんな、何だか甘酸っぱいような気持ちで、静かに見送った。

「月森くん?」
 傍らで、聞き慣れた心地のいい声が自分の名を呼び、つん、と指先で腕を突いた。
 見知らぬ恋人達を見送った幸せな視線を、その声の方へと向けると、いつの間にかそこには香穂子が辿り着いていた。
「また負けた。何でいっつもそんなに早いのよう」
 開口一番、おはようの挨拶もなしに頬を膨らませた香穂子に、月森は苦笑する。
「……勝ち負けの問題ではないように思うんだが」
「今度は、約束の1時間前から来て、月森くんを待つことにする。絶対そうする!」
「じゃあ、俺は約束の2時間前に、君の家まで迎えに行こう」
「えええっ、そんなのずるい~~っ!」
 月森の提案に、地面をぱたぱたと踏みしめて、香穂子が抗議する。
 根本的な目的を見失い始めている香穂子に、更に笑って。
 月森は、手を伸ばしてそんな香穂子の片手を掴む。
 それだけで、月森の突然の行動に驚いた香穂子が、大人しくなる。

「……俺が。もっと早く、君に逢いたいんだ。……それはそんなに、抗議されなければならないことなのか?」

 真直ぐな視線で香穂子の顔を覗き込み、月森が告げる。
 香穂子は唖然として、ぱちりと一つ、大きく瞬きをした。
 その後、月森が告げた言葉の正しい意味を理解して、一気に真っ赤になる。

「……うわっ!、もう、馬鹿……っ! 面と向かって、そういうこと言うかなあ!?」
 天然だとか王子だとか、罵倒なのか何なのか、月森には判断の付かない言葉を並べあげて、香穂子が強くない平手でばしばしと月森の腕を叩く。
 そういう彼女も微笑ましくて、されるがままになっていると、ぴたりと動きを止めた香穂子が、ふと上目遣いに月森を見上げた。
 何事かと様子を見守る月森の袖を引いて、香穂子が月森を自分の方へ引き寄せる。彼女の意図に合わせて身を屈めると、耳元で小さな香穂子の声。
「……でも、お迎えならいいよ。……それなら、私を待っている間の月森くんを、私以外の女の子に、見せなくても済むもんね」
 照れたように笑って、首を傾げた香穂子に。
 今度は、月森の方が片手で口元を覆い、真っ赤になる番だった。


 手を繋いで、他愛無い会話と戯れ合いを堪能しながら、月森と香穂子もゆっくりと歩き出す。
 まだ、人待ち顔でそこに佇んでいる誰かが、そんな自分達に、微笑ましいような、そしてどこか羨むような視線を送ってくる。
 それに気が付いた月森は、香穂子の手を握る指先に少しだけ力を込めて。
 自分が数分前にそうして、目の前の違う恋人達に、幸せを分け与えられたように。

 月森達を見送るあの人が、月森達が歩み行く姿に。
 もうすぐ現れる自分の恋人と自分とが手を繋いでいく、ほんの少し先の未来を、鏡のように月森達に映して、そして垣間見れるようにと。

 そんな、他愛の無い想いを。
 そっと祈った。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:06.6.8】

目指したのは馬鹿ップルの戯れ合い(笑)
独り者の僻みが混じることも否定はしませんが(笑)馬鹿ップルを傍目に見ていると、超・ムカつくか、逆に「仲良いなあ~」と微笑ましくなるか。月日は後者であって欲しいと思いますので、そういうふうに表現出来てればいいなと思います。

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