水の中

月森×日野

 窮屈で、息苦しい。
 ……そんなふうに、苦しがっている自分を。
 知らなかった。
 分からなかったんだ。


 見えていなかったんだと、今なら分かる。
 自分自身のことなんて、何一つ。
「そういうものだよ」と、簡単に君は笑う。
 自分のことなんて、自分ではよく見えないものなんだよ。
 たくさん、自分勝手な上辺を重ねて、見たくないものから目を反らして。
 そんなふうに、皆生きているんだよと笑う。

 ……そう躊躇いなく言える分、君はきっと、俺よりも自分自身のことを知っている。


 迷いはないつもりだった。
 信じて選んだ道のはずだった。
 それでも、いつだって。
 息苦しい、窮屈な世界にいた。
 まるで、水の中に沈められているみたいに。
 必死で、呼吸出来る場所を探していた。

 それを、君が教えてくれた。
 君が、新しい世界へ、俺を引き上げてくれたんだ。

 笑う君の隣で。
 俺も、いつだって呼吸するみたいに自然に笑えていて。
 『ここ』が良かったんだと実感する。
 『ここ』を見つけたかったんだと実感する。
 ……君の側でなら。
 難無く呼吸ができる。

 だから、俺も。
 君がいつか、水の中でどうしようもなく。
 呼吸が出来なくて、苦しみもがく時に。
 引き上げる手になれればいいと思う。
 呼吸出来る場所であればいいと願う。

 ……見つけられるだろうか。
 苦しむ君を。
 水の中に沈む君を。
 引き上げられるだろうか。
 微力なばかりの、この両手で。
 何一つ、掴めやしないこの両手で。

 君の傷を見つけられるだろうか。
 癒して、救ってやれるだろうか。

 他の誰にも与えてこなかったそんな優しさを。
 ちゃんと、君だけに与えられるのかどうか。
 ……本当はとても不安なのだけれど。

 俺の名を呼ぶ柔らかな声を。
 繋ぐ暖かな指先を。
 交わす視線を。
 触れる唇を。
 様々な君を。

 守れるだろうか。
 光の場所へ引き上げられるだろうか。


 呼吸が出来る場所で。
 光の当たる場所で。
 取り囲まれるたくさんのものに。
 また、息が苦しくなる。

 大切で。
 守りたくて。
 いつまでも抱き続けたいと願うものを。
 留める力が本当にこの両手には宿っているだろうか。
 ……そんな、自分の無力さを思うたび。

 もがいて、苦しんで、抗って。
 そうして、出口を探すんだ。
 立ち上がって、這い上がって。
 上を、上を。
 目指すんだ。

 そんなふうに。
 甘い、甘い苦しみがあることを。
 いつも君が教えてくれた。
 それは、どんなに苦しくても。辛くても。
 決して不幸ではない。

 この両手に。
 たった今、この瞬間に。
 君を守る力も、引き上げる力も、存在しなかったとしても。
 それでも。
 抗い、立ち上がろうとする力が。
 俺の中にある限り。

 連れていくよ。
 ずっと遠くへ。
 呼吸のできる、光の射す場所まで。

 君が、水の中で。
 呼吸の出来ない場所で。
 独り、もがき苦しんでいたとしても。

 そうして、俺が君の微かな力に引き上げられたように。
 決して、繋いだ手を。
 離さないで。


 ……連れて、いくよ。
 どこまでも。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:08.1.4】

前ジャンルでは結構書いてたんですが、多分コルダとしては1本書いたか書かないかですよね、モノローグ一辺倒の話。
基本、一人称と言うのをあまり書かないし。ストーリー性がないので、好き嫌いはあるだろうと思いつつも、あえて!(笑)

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