月森×日野

 休日に、香穂子が新しく弾く為の楽譜を探して駅前通りまで赴き、昼食でもとろうかと店を探しているところで、ふと香穂子が雑貨屋の前で足を止めた。彼女がそういう雑貨類を眺めることが好きなことは月森も気付いていたので、突然立ち止まった香穂子に憤る気持ちはなく、彼女が覗き込んだショーケースの中を、同じように月森も覗き込んだ。
 そこには、手作り風の色彩鮮やかなストラップが並べてある。きらきらと光を反射する石が編み込まれていて、下がっているプライスカードに印字された金額は、こういうものの相場は分からないなりに、手頃だと思えた。品物を眺める月森に、香穂子が苦笑して言った。
「ビーズアクセサリーなんだよ。手作りな分、石だけのお値段考えたら少し高かったりもするんだけど」
「そういうものなのか。……俺にはよく分からないが」
 普段、宝石などというものをまともに見ることがないため、その違いもよく分からずに月森が小さな溜息を付く。こういうものにも目が高い方がいいのだろうとも思うが、そこまで興味を引かれる事柄でもなかった。
 香穂子も月森に何か詳しい意見を期待したわけではなかったのだろう。戸惑いがちな月森の言葉に軽く頷いて、それから自分のバッグの中を探って、携帯を取り出した。
「ちょうど、ストラップを新しくしたかったんだよね。こういうのって、最初の印象第一だと思うから、買っちゃおうかな」
 紐の部分が少し汚れた自分のストラップを見つめ、香穂子が小さく息を付く。月森はといえば、ストラップを携帯につける習慣そのものがなかったので、わざわざ買うと言い出した香穂子に、少々驚いていた。
「んー、でもどっちにしよう?」
 月森にとってはたかだかストラップ、どれでもいいような気がしてしまうのだが、香穂子にとっては重要な問題なのだろう。真剣な顔で眉間に皺を寄せ、ガラス越しに品物を見定める香穂子を、月森はとても微笑ましく思った。
「どれとどれで悩んでいるんだ?」
 少しだけ興味を引かれて月森が尋ねてみる。
 こっちとこっち、と香穂子が指差したものは、共に同じ、小さな花をモチーフにしたシンプルなデザインのストラップだった。違うのは、その石の色合いだ。
 片方は、涼やかなアイスブルー。
 片方は、深味のあるコバルトブルー。
 どちらも同じ蒼系統で、大した違いはないのだろうが、香穂子は真剣に悩んでいる。
 月森は、アイスブルーの方を選んでくれないかと願っていた。
 それは、付き合う以前に香穂子が、月森のことをこんなふうに言っていたからだ。
(月森くんって、冷たい青……アイスブルーのイメージだよね。……あ、性格が冷たいってことじゃないよ? 涼やかで、冷静で……とにかくそういうイメージだなって)
 たかだかストラップの石の色くらいで、いちいちこんなことを思い出す自分もどうかと思うのだが、香穂子が自分をイメージした色だと言っていたアイスブルー。それを選んでくれないかとこっそりと願ってみる。

 だが、十数分悩んで香穂子が選んだものは、深海の色に似たコバルトブルーで。
 別に、自分の事を照らし合わせて選ばれたものではないのに、少しだけ、月森は落胆した。


 昼食に選んだ洋食レストランで、注文したパスタが届くのを待つ間、香穂子はうきうきとした様子で、テーブルの上で先程買い込んだストラップを開封していた。癖のついていない真新しいストラップの紐を通すのに苦労する香穂子の手元を何気なく見つめながら、月森は他愛無い世間話の続きで、努めて何でもないことのように尋ねてみる。
「……君は、どうしてそっちの色を選んだんだ?」
 四苦八苦する手元をぴたりと止めて、香穂子が驚いたように顔を上げる。その反応に逆に驚いてしまう月森に、香穂子はわずかに頬を染めて、軽く月森を睨んだ。
「そういう、答えにくい質問、わざわざするかなあ?」
 だが、月森はそのまましばらく黙ったまま香穂子を見つめている。そうすれば、内に溜め込むことができない香穂子が本音を白状することを知っているからだ。
 やがて月森の思惑通り、努めてその答えから逃げようとしていた香穂子が、諦めたように溜息を付いた。
「……こういう時にそういう基準で選ぶのって子供っぽいって馬鹿にされそうなんだけど」
 恥ずかしそうに視線を反らし、香穂子はそう前置きすると、聞き取れるか取れないかの小さな声で呟いた。
「……月森くんの色だと思ったの。色だけでも、月森くんっぽいもの付けてたいから、選んだんだよ……」
 月森が微かに目を見開く。
 ……そういう理由で、香穂子に選んでもらいたかった。だが、その基準で選ばれるのならば、あの冷たい蒼の石だったはずなのに。
「その……正直、君がそういう理由で選択してくれたことは、俺にとっては願ったりなことだったんだ。だが、以前君は、俺の事を冷たい蒼だと言っていただろう? だから、てっきり俺は……」
「あ、そっか。そんなこと言ったこともあったっけ」
 香穂子は少しだけ視線を上向けて、思い出す仕草をする。呆然としている月森に、恥ずかしそうに笑いかけた。
「……あの頃は、確かにそうだったの。私が見る月森くんは、いつも冷静で、どことなく人を突き放す……でもとても澄んでいて、冷たい蒼。……だけど、今見せてくれる月森くんは、こんな色なの」
 ようやく付け終わった携帯を掲げ、香穂子はそのストラップを摘んで示してみせる。
「優しくて、深味があって……そして、暖かい蒼。確かにね、月森くんはどんな時でも蒼のイメージなんだけど。私に見せる月森くんはこんな色をしてるんだよ」

 月森に出逢って知った、人というものの多面性。
 海の色が、その深さや透明度で、多彩な色合いを見せるように。
 同じ一人の人間から受け取る印象も、その場面場面で異なっている。

「多分私以外、誰も知らないよね。でも、いいんだ。私だけが知ってるの。このストラップのビーズの色が、私にとっての月森くん、そのものなんだって」

 言って、香穂子が離した指の先。
 店の灯を反射して、深い蒼のビーズが、きらきらと小さな輝きをばらまいた。
 それを、香穂子にとっての月森そのものだと。
 そう、彼女自身が言葉にするから。
 本当に。
 少しだけ泣きたいような、ひどく幸福な気持ちに。
 ただ、月森の心は満たされていく。


 蒼という色の中にも、さまざまな種類の色があるように。
 人が自分以外の誰かに見せうる面には、きっとさまざまな色がある。

 願わくば、彼女の目に映る自分自身の色彩が。
 いつも、彼女にとって暖かく。

 そして、深いものであるならいい。




あとがきという名の言い訳 【執筆日:06.6.23】

「蒼」という色一つでも、その色を連想する人によって、細かい濃さやら深みが違うんだろうな~ということを考えていてできた話。
ほんとはあと10行ほど前振りがあったんですが、本編と関係ない気がして、思い切ってはしょってみましたので短い話になりました。

Page Top